第3話「邂逅」

暗い路地裏にいる2人を、月の光だけが照らしていた。あたりは静寂で、2人の間には世界から切り離されたような静かさと緊張感が漂っている。


「降参するわ。武器は捨てる」


彼女は短剣を放し、降参の意を示した。カイは彼女の言葉を確認し、少し力を緩めたが、首にかけた手を離そうとはしなかった。


「……降参しているんだけど?」


「そんな簡単に信じられるか。それにいくつか質問がある。」

カイはそのまま問いかける。


「なぜ俺を襲った?」


カイは鋭い視線を暗殺者に向けたまま、彼女が何者なのか探ろうとした。暗殺者は軽く肩をすくめ、苦笑いを浮かべた。


「……仕事よ」


「仕事だと?」


「そう、私にも生活があるの。依頼されたの、『帝国狩り』がここに来るから殺せって」


俺の素性を知っている…それにここに行けと指示したのは情報屋だった。となれば、情報屋もグルだったのか?

「誰からの依頼だ?あの情報屋か?」


「悪いけど、依頼主のことはそう簡単に答えられないわ。」

彼女は淡々と答えながらも、その表情は冷静だった。


「なら、殺すしかないな」


カイは首にかけた手に少し力を加えた。だが、彼女は一歩も引かず、逆に冷たい笑みを浮かべた。


「待って……あんたがここで私を殺したところで、得るものなんてないわよ」


「このまま無駄な問答を繰り返す方が得るものもない。それならお前を殺してあの情報屋に吐かせる。」


カイの手にさらに力が入る。そこで、彼女は断念したように息を吐いて、口を開いた。


「…依頼主は帝国兵よ。あなた『帝国狩り』なんでしょ?情報屋と協力してここにあなたを誘導、そして殺せという風に依頼が来たのよ……まぁこんなふうに捕まってちゃ、殺し屋失格ね。」


「なるほどな、そこまでわかれば十分だ。お前にもう用はない。」

こいつは危険だ。ここで殺す。

カイが彼女の首を折ろうとしたとき、彼女が再び口を開いた。


「提案なんだけど、私と一緒に旅をしない?」


「…なに?」

カイの手が止まる。彼女の言葉は、殺されるのが嫌で苦し紛れに出た言葉ではなかった。少なくとも、カイにはそれがわかった。こいつは本気だ。


「私には目的がある。12年前に兄が突然消えた……だから、兄を探すためにこの街で暗殺者として情報を集めていた。けれど、限界よ。こんな場所じゃ、これ以上の情報は得られない。」


彼女の瞳には、冷静さの中にわずかな焦りと真実味が込められていた。カイはその瞳から目を逸らさず、黙って彼女の言葉を聞いた。


「だから、あんたと一緒に旅をしたいのよ」


カイは一瞬言葉を失った。まさか暗殺されかけた相手から、共に旅をする提案をされるとは予想していなかった。


「話にならないな。俺を殺そうとした暗殺者を信用できるとでも思っているのか?」


カイは険しい表情を崩さず、冷たく問い返した。しかし、彼女は微かに微笑みながら、静かに首を横に振った。


「べつに私を信用してくれなくても構わないわ。ただ、私はあんたを信用できる。」


「なぜだ。俺とお前は初対面だ。なぜそこまで言い切れる。」


「私は多くの人間と出会ってきた。暗殺の標的やその家族、友人、恋人…金持ちの商人やとある貴族、ただの平民なんかもね。だからこそわかるわ、あんたも多くの人間を殺してきたんでしょうけど、あんたは悪人じゃない……だから、あんたなら信じられる。それに…私より強い人を探してたのよ」


カイはしばらく沈黙したまま、彼女の言葉を吟味した。彼女の瞳には嘘がないように感じられたが、カイの中での警戒心はまだ解けていなかった。


「俺が悪人じゃないだと?笑わせてくれるな…悪いが、苦し紛れの言葉にしか聞こえないな。」


「そうかもしれないわね。でも……お互いにとって利益があるでしょ?私は兄を探したい。あんたは…詳しくはわからないけど、帝国に恨みがあるんでしょ?私はこれでも腕の立つ暗殺者。情報収集は得意よ。旅を共にすれば、必ず役に立てる」


彼女の声には、自信があった。カイはもう一度彼女の目をじっと見つめたが、彼女の意思は固く、少なくとも嘘をついているようには見えなかった。

たしかに、こいつはおれに取り押さえられているが身のこなしは見事だった。こいつの奇襲を防げる奴はそうそういないだろう。


「……もし裏切れば、すぐに斬る」


「それで構わないわ」


彼女はカイの言葉に一切のためらいを見せず、冷静に答えた。


カイは少しの間考え込み、やがてゆっくりと彼女の首から手を離した。彼女は、深く息を吐き、ほっとしたような表情を浮かべた。


「……よし、一緒に来い。だが、信用しているわけじゃない」


「それで十分よ。私はリーラ。リーラ・アシェンフォード」


「カイ・ヴァルムンドだ」


カイは落ちていた剣を鞘に納め、再び静かに歩き出した。背後でリーラが足音を立てて続いてくるのを感じながら、彼は剣を再び手にする準備を怠らなかった。






カイは、先程訪れた情報屋の店に再び足を踏み入れていた。路地裏の暗い雰囲気が再び彼を包み込み、冷たい空気が張り詰めている。店に入ると、情報屋の男はカイの姿を見てすぐに顔色を変えた。だが、逃げる間もなく、カイの剣がその男の首元に鋭く突きつけられた。


「残念だったな」カイの低く冷たい声が店内に響く。


情報屋は動揺し、額に汗を浮かべながら必死に状況を把握しようとしている。目の前には、彼を殺しかねない怒りの瞳があった。


「ま、待て!待ってくれ!何がどうなってるんだ!?なぜこいつが、お前と一緒にいるんだ!?」男は目をリーラに向け、焦燥感を露わにして問い詰めた。リーラは店の隅で腕を組み、壁に軽く寄りかかっていたが、特に悪びれた様子もなく、冷静な視線で情報屋を見ている。


「失敗しただけよ。まあ、こうしてあんたと対峙しているということは…あとは言わなくてもわかるでしょ?私は私の目的を果たすわ」リーラは肩をすくめて冷静に答えた。


情報屋は、カイに剣を突きつけられたまま、リーラの態度に憤りを募らせた。


「おい『夜鷹』!貴様こんなことをして帝国が黙っていると」

「黙れ」

カイは男の首に剣を押し当て、強引に黙らせる。情報屋は恐怖の目でカイを見つめた。


「何をしに来たんだ……」


カイは無言で情報屋の顔をじっと見つめ、その視線に男はますます冷や汗をかき始める。やがて、カイが静かに口を開いた。


「今後、俺たちに二度と接触するな。そして、ルドルフについて知ってることを全部吐け。そうすれば、命だけは助けてやる」


カイの言葉には冷酷な威圧感があり、情報屋は怯えた表情を隠せない。彼は震えながら何とか口を開き、焦りの中で言葉を絞り出した。


「ル、ルドルフ将軍のことは……俺もほとんど知らないんだ!本当だ!だが……」


「だが?」カイは剣の切っ先をさらに首に押し当て、男に答えを急がせた。


「だが、奴が最近、『デルカナスの街』に行ったって話は聞いたことがある!それくらいだ!他には何も……」


「デルカナスか……」


カイは情報屋の言葉を反芻し、剣を少し引いた。焦りきった情報屋は必死に続ける。


「それが本当だ……本当にそれしか知らないんだ!奴は帝国の上層部に隠されていることが多いし、情報もほとんど出回らない…それに帝国を無理に探れば殺される…!」


カイは無表情のまま、情報屋の言葉を冷静に聞いていた。しばらくの沈黙が店内を包んだが、やがてカイは剣を引き、少し離れた。彼は無言で剣を鞘に納め、男に背を向ける。


「十分だ」


短く言い放つと、カイは扉へと向かった。


「行き先が決まったようね、『帝国狩り』さん?」


「ああ、帝国兵が来るかもしれん。すぐに発つぞ」


リーラも彼に続き、店を後にする。背後で情報屋は、まるで生き延びたことに安堵するかのように息を吐き、震える手で汗をぬぐった。


デルカナスの街――その名がカイの次なる目的地として定まった瞬間だった。

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