第21話 新たな友と、希望の学び舎

王都の宿屋「騒ぐ妖精亭」。

薄明の光が差し込む頃、僕――カルヴァンは早めに目を覚ました。

隣のベッドを見ると、リリスは布団を被ったまま微動だにしていない。


「おーい、リリス。そろそろ起きないと、入学試験に遅れるよ?」


声をかけても反応が薄い。

仕方なく布団を引っ張ると、中から不機嫌そうな顔が覗いた。


「うぅ…今日はもう休みでいいでしょ?冒険してる方が楽しいし…」


「ダメだって!試験に合格しないと、学校に入れないんだから!それに、アイリスさんと一緒に試験会場行くんだから!」


僕は苦笑いしながらリリスを起こし、なんとか準備を終えた二人は、朝の爽やかな風に背中を押されながら王立魔法学校へ向かった。


王立魔法学校の正門前に到着すると、荘厳な門構えと広がる敷地に思わず足を止めてしまった。

中には既に多くの受験生が集まり、それぞれが緊張した面持ちで校舎を見上げている。


「すごいな…。こんな場所で本当にやっていけるのかな…」


僕が呟くと、リリスは肩をすくめた。


「ま、あたしは別に落ちても困らないけどね。あんた一人じゃ頼りないから、従者って立場で入学するわけだし?」


相変わらずマイペースな彼女の言葉に、僕は軽くため息をつきながらも微笑んだ。


その時、涼やかな声が僕たちに向けられた。


「おはようございます、カルヴァンさん、リリスさん。」


振り向くと、そこにはアイリスが立っていた。

優雅な足取りと穏やかな笑みは相変わらずだ。


「今日は入学試験の日ですね。緊張していませんか?」


「まぁ、少しだけ。でも準備はしてきたから。」

僕は少し肩を竦めながら答えた。


「それなら安心ですね。一緒に試験会場へ向かいましょう。」


アイリスが案内してくれたおかげで、広い校内でも迷うことなく試験会場にたどり着いた。


筆記試験が始まった。

僕は問題用紙を受け取ると、順調に解き進めていく。

魔法の基本理論や王国の歴史に関する問題が多いが、子供の頃にエレナに色々教わったし、試験勉強もしてきた甲斐があり、手応えは悪くない。


一方、隣を見ると、リリスが苦戦しているのが丸わかりだった。


「なにこれ……文字が多すぎるわよ!」


眉をひそめながら問題とにらめっこしている彼女。

やがて、こっそり僕の答案を覗き込もうとする気配を感じた。


「リリス、やめてって!これ、試験なんだから!」


「ちょっとくらい見してくれてもいいじゃない!」


試験官に睨まれて、彼女は慌てて姿勢を正したが、心の中ではまだ諦めていない様子だ。


次に行われた実技試験では、受験生たちが次々と魔術を披露していく中、僕とリリスの番が近づいてきた。


「次!カルヴァン、前へ!」


試験官の声に呼ばれ、僕は深呼吸して前に進む。

目の前には標的として設置された魔法障壁の的。

僕は手を掲げ、マナを慎重に練り上げた。


(威力は抑えないと……ここはマナの制御力が重要視されるはずだ。それに魔術使ってるのバレたら面倒だし……)


集中し、手のひらに小さな火球を生み出す。

「ファイアボール」

その火球は見事に的の中心を捉えたが、障壁を破壊することなく収まった。


「見事だ。マナの制御が非常に安定している。」

試験官たちは感心した表情を見せ、僕は胸を撫で下ろした。


続いてリリスの番。

彼女は自信満々に的を見据え、手を動かすと暗黒の槍を形作った。


「ヘルフレイム・スピア」


その矢は一直線に飛び、見事に的を撃ち抜いた……というより、的を粉々に砕いてしまった。


「やった!完璧でしょ!」

調子に乗っているリリスは得意げな笑みを浮かべる。


だが、試験官の一人が眉をひそめて注意する。

「リリスさん、魔法の威力が過剰です。試験では精度と抑制も評価されます。次回は気をつけてください。」


「ええー?こんなに綺麗に壊したのに?」

リリスは不満そうに抗議するが、試験官たちにため息をつかれ、僕は苦笑いしながら彼女を引き戻した。


「リリス、威力が抑えられてないって言われただろ。」


「だって、抑えたら派手にならないじゃない!」


「そういう問題じゃないんだよ……」


実技試験が終わり、待合室で結果を待つ間、僕たちは銀髪のエルフ少女イザベルと出会った。

彼女もまた入学試験を受けに来たらしく、緊張した様子で自己紹介をしてくれた。


「ボクはイザベル。エルダンフォレスト公国から来たんだ。……えっと、ボク、こういうのは初めてで…。試験の空気、硬くてちょっと息苦しいよね。」


リリスはツンとした表情で「よろしく」と短く言ったが、その目には興味の色が浮かんでいた。


試験結果が発表され、僕たちは無事に合格。

その後、三人で商業区へと向かい、学校指定のローブを購入することにした。


店内で、それぞれローブを選び試着するが……。


「なによこれ、胸元が緩いじゃない!」

リリスが不満げに言う。


イザベルも少し恥ずかしそうに、「ボクも…なんだかブカブカしてる…。これって、普通なの?」


リリスが思わずイザベルを振り返り、「あんたも緩いの?」と驚いた顔を見せる。


「う、うん…。だって、ボクも胸が…ほら、あんまりないから。」


「ふーん、エルフでも同じ悩みがあるんだ?」


リリスは何とも言えない表情を浮かべ、僕が何か言おうとしたが……。


「カルヴァン!その顔、何か言ったら殴るから!」


僕は慌てて首を横に振り、「いやいや、何も言ってないから!」と必死に弁解した。


その夜、「騒ぐ妖精亭」で乾杯の祝福が始まった。

試験合格の喜びに、店内は賑やかな宴会モードに突入した。


僕もリリスも蜂蜜酒を飲みすぎ、すっかり酔っ払ってしまった。

そして――やらかした。


「ねえ、君!」

店の若いウェイトレスに向かって僕は声をかけた。

「君、すごく可愛いね。僕、君みたいな子と…一緒に冒険したいなぁ…」


リリスはその瞬間、表情を凍らせた後、怒りの形相に変わった。


「カルヴァン、ちょっと来なさい。」


彼女に耳を引っ張られ、隅に連れて行かれると、そこから公開大説教が始まった。


「なにやってんのよ!こんなところで酔っ払ってナンパしてどうするの?そもそもこんな絶世の美女と過ごしてるのにナンパとかどういう神経してるわけ?」


「絶世の美女って自分で言っちゃう?合格したの嬉しかったんだよ……。それに、あの子ほんとに可愛くて……」


「そんな言い訳通用しないわよ!まったく、あんたって本当にバカ!」


店員の女の子も、他の客たちも、そのやり取りを見て大笑いしていた。


「坊主!さっきの情けない姿は最高だったぞ!」と誰かがからかい、店中が爆笑に包まれた。


こうして騒がしい一日が幕を閉じ、新たな友とともに始まる学び舎での生活への期待が膨らむ夜となった――。

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