第11話 小麦畑の風に包まれて

フロストサーンジュを倒してから数日が経った。

カルヴァンとリリスは緑豊かな草原を歩きながら、カルン村を目指していた。

風がそよそよと吹き抜け、周りには一面の金色の小麦畑が広がっている。

その風景を目にしたカルヴァンは、思わず瞳を輝かせた。


「うわぁ、すごい!こんなに広い小麦畑が続いてるなんて、まるで絵本の中にいるみたいだ!」


彼は畑に駆け寄り、無邪気に手を広げてその広大な光景を楽しんでいる。

その隣ではリリスが静かに微笑んでいた。

風に舞う鳥たちに視線を向け、どこか穏やかで優しい表情を見せている。


「ほんとね。ここで暮らす人たちは、毎日こんな景色を見られるんだから少し羨ましいわ」


「ねぇリリス、鳥みたいに空を飛べたら、もっといろんな場所に冒険に行けるのかな!」

カルヴァンが無邪気に鳥の真似をしながら手を広げて飛ぶ真似をすると、リリスは思わず吹き出す。


「いや……地に足つけて冒険しなさいよ」

彼女は少し呆れたように肩をすくめながらも、カルヴァンの無邪気な姿にどこか優しい眼差しを向けていた。





小麦畑を抜け、村へ続く道を進んでいると、カルヴァンがふと不安そうに口を開いた。

「カルン村ってどんなところなんだろう?母さん以外の人に会うのって、実は初めてなんだ…だから少し緊張してさ」


その言葉に、リリスは悪戯っぽい笑みを浮かべて彼をからかうように返す。

「どうせ、むさ苦しいゴリゴリのオッサンばっかりよ」


「えぇ…それより、綺麗なお姉さんがいっぱいいる方がいいなぁ」


カルヴァンが期待を込めて呟いた瞬間、リリスの表情が一瞬で険しくなった。

「…なによそれ!ほんとにどうしようもない奴ね!」

そう言うと、彼女はカルヴァンの脛を軽く蹴飛ばした。


カルヴァンは苦笑しながら慌てて

「ごめんごめん、冗談だってば!」と謝るが、リリスの頬はまだほんのりと赤みが差している。



二人は歩みを進め、やがてカルン村の入り口にたどり着いた。

カルヴァンは少し緊張した面持ちでリリスに目を向ける。


「リリス、そろそろ幻惑魔術をかけるよ。村の人がびっくりしちゃうからね」


リリスはうなずき、カルヴァンに身を委ねた。

彼が集中して魔術を発動すると、リリスの角や尻尾、そして羽が見事に隠され、ただの美しい人間の少女の姿に変わった。


「よし、完璧。これで大丈夫だよ。行こう!」

カルヴァンが満足げに微笑むと、リリスも少し照れくさそうに「ありがとう」と小さな声で呟き、二人は村の中へと足を踏み入れた。



村の中は穏やかな雰囲気で満ちており、農作業に励む村人たちが二人に優しい微笑みを浮かべ、温かく挨拶を交わしてくる。

二人は村人の親切な歓迎に少し照れながらも、村の中心にある宿屋へと向かった。


宿屋は木造の温かみのある建物で、中に入るとほのかな木の香りが漂い、落ち着いた空気が二人を迎えてくれた。


「いらっしゃいませ。お部屋をお探しですか?」

宿屋の主人がにこやかに声をかけてくれる。


「はい、一泊できる部屋をお願いしたいんですが…」

カルヴァンが応じると、宿屋の主人は微笑んで部屋の鍵を渡し、案内を始めた。

その途中、カルヴァンがふと不安そうに財布を覗き込み、リリスに小声で囁く。


「この宿、一泊いくらくらいするのかな…。ちょっと心配かも」


「お二人で一晩なら、3シルクになります」


カルヴァンは少し慌てながら財布を取り出し、シルク銀貨を3枚取り出そうとする。しかし、そのときリリスが手を伸ばして彼を止めた。


「あたしも少し出すわ。お金、ちゃんと貯めてたんだから!」と、自信ありげにシルク銀貨を手にして微笑む。


「え、ありがとう……って、それって死体から回収したお金でしょ……?」

カルヴァンが引きつった顔で囁くと、リリスの顔が一瞬で赤くなる。


「う、うるさいわね!あんたが気にしなければいいだけでしょ!」と、リリスは顔を背けながら小さくつぶやき、二人は主人に銀貨を手渡した。


宿屋の主人は微笑みを浮かべながらお辞儀をし、「ありがとうございます。ごゆっくりおくつろぎください」と鍵を手渡してくれた。


二人は宿屋の主人に案内された部屋に荷物を置き、少しの休憩をとった後、リリスが満足げに伸びをしながら提案する。


「さっき歩きっぱなしでお腹が空いたわ。夕食にしない?」


「そうだね、せっかくだからこの宿屋で食べていこうか」

カルヴァンも同意し、二人は宿屋の食堂へと足を運んだ。



食堂には地元の人々が集まり、楽しそうに食事を楽しんでいた。

テーブルにはシンプルながらも心温まる料理が並び、その香りが二人の食欲をそそる。


「どれも見た目は素朴だけど、なんだか美味しそうだね!」

カルヴァンは目を輝かせながら料理を眺める。


しばらくして、二人の前に運ばれてきたのは、地元産の野菜とウサギ肉を使ったトマトシチュー、焼きたてのパン、そしてホカホカのポテトグラタン。

どれも香り豊かで、見た目以上に心惹かれる料理だ。


「いただきます!」

カルヴァンは嬉しそうにシチューを一口食べ、目を輝かせた。

「おいしい!シンプルだけど、味が深いね!」


一方でリリスはナイフを手に取らず、フォークだけで豪快にウサギ肉にかぶりつく。

「んっ、これイケるじゃない!」と満足そうに微笑むリリスの姿に、カルヴァンも思わず目を丸くした。


「リリス…それ、ナイフ使わないんだ?」


リリスは肉を引きちぎりながら満足げに答える。「ナイフなんて面倒よ。肉は豪快に食べるに限るでしょ?むしろその方が美味しいの!」


カルヴァンはくすっと笑いながらも、「リリスらしいな。でも、僕が同じ食べ方したら、宿屋の人に怒られちゃいそうだ」と言いつつも、自分も負けじとシチューを口いっぱいに頬張る。


リリスはニヤリと笑い、「それも悪くないわよ、カルヴァン。大きくなりたいなら、もっと豪快にいきなさい」と肉を引きちぎりながら言った。

カルヴァンは少し照れくさそうにしながらも、二人で笑い合い、和やかな食事の時間を楽しんでいた。


しばらくすると、宿屋の主人が二人のテーブルに地元産のエールを持ってきた。

「よかったら一杯どうですか?地元で作ったエールなんですよ」


「お酒かあ、僕、飲んだことないんだけど大丈夫かな?」

カルヴァンが少し戸惑いながら聞くと、リリスがすかさず笑って肩をすくめる。


「この国では15歳で成人なんでしょ?ガタガタ言ってないで飲んで見なさいよ!」と彼女は冗談っぽく言いながら、さりげなく小声で続けた。

「…ま、あたしは悪魔だから、そもそも年齢の概念があんたたち人間と違うんだけどね」


「えっ、そうなの?それじゃリリスにとってはお酒って普通の飲み物みたいな感じ?」

カルヴァンが驚きながらもエールのグラスを手に取り、一口飲んでみたが、独特の苦味に思わず顔をしかめる。


「うぅ…苦い。僕にはちょっと早かったかな」


リリスはその反応にクスクスと笑い、「やっぱりお子ちゃまね、カルヴァン」と微笑みながらグラスを傾ける。

「お酒は大人の味なのよ。ほら、もう一口!」


「えぇ~!?無理だよ!」と、カルヴァンが必死に断ると、リリスは愉快そうに肩をすくめ、二人は笑い合った。




食事が終わり、満腹になった二人は部屋に戻る。

ベッドに横たわると、窓の外には満月が浮かび、村の景色を淡い光で照らしていた。

カルヴァンが月明かりを眺めながら、ふと呟いた。


「今日は楽しかったね、リリス。君が一緒にいてくれて本当に良かったよ」


リリスはその言葉に少し驚きつつも、照れくさそうに目を伏せ、小さく頷く。

「あんたが楽しんでくれたなら、それでいいわ」


静かな夜の空気の中、二人はそれぞれの思いを胸に抱きながら、穏やかな眠りに落ちていった。


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