第9話 闇を越えて、共に歩む

深淵の森の薄暗い木々の間を進むカルヴァンとリリス。

どこからか不気味な唸り声が響き、足音が迫ってくる。


「シャドウウルフの群れか……しつこいな」

カルヴァンは小さく呟き、すぐに魔術の構えをとった。


「ふん、まったく退屈させない連中ね」

リリスが片方の口角を上げ、闇のオーラをまとった鋭い爪を伸ばす。


シャドウウルフが飛びかかる瞬間、カルヴァンは『ファイアボール』と叫び、火の玉を一気に放った。

シャドウウルフが爆発の勢いで跳ね返されるのを横目に、リリスが静かに一歩前へと出る。


「私の番ね……ダークパルス!」


リリスの周囲に闇の波動が広がり、シャドウウルフたちは一瞬で闇のエネルギーに飲み込まれた。

怯むことなく次々と倒れるウルフたち。

しかし、最後の一匹がリリスに向かって再び飛びかかってきた。


「しつこいわね……」

リリスは冷たく呟き、闇のオーラを纏った爪をさらに鋭く伸ばすと、素早くウルフに向けて振り下ろす。

鮮やかに闇が閃き、ウルフの動きがピタリと止まった。


「ふふ、やっぱりこのくらいじゃ私を楽しませるには程遠いわね」


カルヴァンはリリスの冷静な表情に少しだけ苦笑しながらも、息を整えて頷いた。

「すごいな、リリス。君がいると頼もしいよ」


リリスは少し得意げに肩をすくめ、「当然でしょ」と言いながら、森の奥へと視線を向ける。

「さあ、次に進みましょうか?」


カルヴァンも頷き、二人はさらに深淵の森の奥へと進んでいった。





やがて日が暮れる頃、二人は一息つくために小さなキャンプを張った。

焚火の準備をするカルヴァンに、リリスが少し手伝いながら問いかける。


「ここで一晩休もうか。今日はたくさん戦ったから、体力を回復させないとね」

カルヴァンが焚火の準備をしながら微笑む。


「そうね、少し休憩が必要ね」とリリスも同意し、二人で火を囲むと温かな夜の静けさが漂い始めた。


カルヴァンが焚火に薪をくべると、パチパチと心地よい音が響き、二人の間にほっとした空気が流れる。


「リリス、少し話をしない?この旅を始めてから、お互いのことをあまり話してない気がするんだ」


「そうね、あたしも少し話したいことがあるわ」

リリスも穏やかに頷き、二人は少し照れたように微笑み合った。


焚火の明かりに照らされながら、カルヴァンがふと遠い記憶を思い出すように語り始めた。


「君も知ってるだろうけど、僕が母さんと過ごした日々は、僕にとって本当にかけがえのない時間だったんだ。母さんは、ただ魔術を教えてくれただけじゃなくて、“生きる意味”を教えてくれたんだ。どう生きるべきか、誰かを守るための強さが何なのかを」


カルヴァンの瞳には、エレナと過ごした日々の思い出が浮かんでいる。


「……君には言ってなかったかもしれないけど、実は僕、もともとこの世界の人間じゃないんだ。『日本』って国の、ただの高校生で、葵シンジって名前だった。あの頃は生きる意味なんて考えたこと無くて、毎日をただただ無駄に過ごしたんだ。でも……ある日突然、強烈な光に包まれて……気づいたら赤ん坊の姿でここにいた。多分……あれが“死”だったんだろうって思うけど、実際にはわからない。母さんが拾ってくれなかったら、僕はこの世界で意味を見つけることもできなかったかもしれない」


リリスは驚きつつも、その目にはどこか理解の色が浮かんでいた。

「なるほど、だからあんたの“優しさ”が普通と少し違うのね。異なる世界からの価値観……それがあるから、あんたは特別なんだわ」


カルヴァンは小さく笑い、視線を焚火に戻した。「母さんの願いは、魔女や魔術が人々に受け入れられる日が来ることだった。でも、僕がその夢の重さを理解したのは、母さんを失ってからだった。だから、彼女の夢を継ぐことが僕がここで生きる意味なんだ」


リリスはその言葉を受け止め、焚火の炎を見つめながら小さく微笑む。

「エレナの願いか……。あたしも彼女には感謝してる。彼女はあたしに、ただ強いだけじゃない“つながり”というものを教えてくれたから。彼女がいなければ、あたしはここにはいなかったかもしれない」


しばらくの間、リリスは焚火の揺らめく炎を見つめ、遠い記憶に思いを馳せていた。


「悪魔界でのあたしはね、ただ“強さ”だけを求めて生きてきた。弱肉強食、力こそがすべてだと信じてたから、冷酷で残酷な女王として振る舞ってたの」


カルヴァンは少し驚いた表情でリリスを見つめた。今まで見てきた彼女とは少し違う、リリスの姿が語られていた。


「でも、エレナはいつも“力”よりも“心”が大事だって言ってたの。初めてね、誰かのために力を使うことがどういうことか教えられたのは。彼女と過ごしてるうちに、少しずつだけどその言葉が響いてきたのよ」


リリスのその言葉には、どこか寂しさと優しさが込められていた。そして、少しだけ照れくさそうに笑って続ける。


「カルヴァン、あんたがこうしてエレナの夢を継ごうとしてる姿を見て、あたしもその力になりたいと思うのよ。エレナが望んだ平和のために」


カルヴァンは彼女の言葉に深く頷き、「リリス、ありがとう。君がいてくれるおかげで、僕ももっと強くなれる。きっと僕たちなら、母さんの夢を叶えられるよ」


リリスは少し照れながらも、「ふん、まったく真面目なんだから。でも、そういうとこ嫌いじゃないわよ」と、ほんの少し頬を染めて微笑んだ。



焚火の暖かな明かりに包まれ、二人は深淵の森の静寂に身を委ねている。

エレナの意志が胸に宿り、今、互いに言葉を交わさずとも、確かな絆が芽生え始めていた。

それはまるで、遠い未来に交わす約束のように、静かに、そして確かに二人の間を繋いでいる。



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