第1章
第7話 黒き聖餐
朝の淡い光が深淵の森に差し込む中、カルヴァンは部屋で一足先に準備を整えていた。
彼のリュックには、エレナが残してくれた魔術の指南書や、食料、幾らかのお金が詰められている。
隣ではリリスがまだ眠そうに目をこすりながら、ようやく起き上がってくる。
「おはよう……ふぁぁぁ……まだ眠いわ……」
「おはよう、リリス。顔洗って朝食を食べたら出発するよ!」
カルヴァンがにこやかに声をかけると、リリスはぼんやりとした顔で荷物を探し始めた。
「あ、あれ?あたしのリュックはどこ行ったのよ……」リリスは焦った様子で周りをきょろきょろと見渡している。
「だから、昨日のうちに支度しときなよって、あれほど言ったのに……」
カルヴァンがため息まじりに呆れた声で言うと、リリスはむすっとした顔で軽く舌打ち。
「だって、寝る前にやろうと思ったら眠くなっちゃったんだから仕方ないでしょ?」と、小声でぼやきながら急いで荷物を詰め始める。
カルヴァンは苦笑しながら「はいはい、手伝うよ」とリリスのリュックを受け取り、手早く整理していく。
「……別に、自分でできるんだから」とつぶやきつつも、リリスは少し安堵した様子でカルヴァンの手際を見守っている。
「でも、せっかくの旅の始まりだしね。二人で準備したほうが早いでしょ?」カルヴァンが微笑むと、リリスは一瞬だけ頬を赤らめてそっぽを向いた。
「ま、まあ……どうしても手伝いたいなら、許してあげてもいいけど?」と少し照れくさそうに言うが、どこか楽しげだ。
こうして二人のドタバタな朝はようやく落ち着き、カルヴァンは「よし、これで完了だね。じゃあ、出発しよう」と声をかけた。
深淵の森を進み始めた二人を、不気味な気配が包む。
木々はまるで生きているかのようにねじれ、霧が立ち込めて視界を遮っている。
冷たい風が森の奥から吹き抜け、どこかで奇妙な鳴き声が響いた。
「やっぱり、ここを歩くのは緊張するな……」
カルヴァンが呟いたその時、足元を何か小さな生き物がすばやく横切る。
「うわぁっ!」
思わず驚きの声をあげるカルヴァンを見て、リリスは口元に手を当ててくすくすと笑った。
「あんた、そんなにビビってたら先が思いやられるわね。あたしの事頼りにしてくれていいのよ?」
「そ、そうだね……助かるよ!」
カルヴァンが少し照れながら返事をすると、リリスは得意げに胸を張って「ふん、ついてきなさい!」と自信たっぷりに歩き出す。
その後、二人は森の中で少し休憩を取ることにした。
カルヴァンはふとリュックからエレナの残してくれた魔術指南書を取り出し、母の教えを思い出しながら魔術の練習をすることに決めた。
「さて……今まで魔法ばかりだったけど、魔術もちゃんと使えるようにならないとね」
カルヴァンが手をかざして集中すると、彼の手のひらに小さな炎がぽっと灯り、淡い光が周囲を照らし出す。
しかし、その炎はすぐに揺らいで、今にも消えそうになる。
「ちょっと、あんた。それじゃ全然ダメよ」
リリスがすかさず口を挟み、カルヴァンに近づいた。
彼女は自信ありげに腕を組み、まるで先生のような口調で言う。
「魔術ってのは、魔法みたいに適当にやってもダメなの。精神を集中させて、しっかり力を込めること!あたしは悪魔の女王だから、強力な魔術だっていくらでも使えるんだから!」と自信満々に言い放つリリス。
そのあと、ふと目をそらしながら、小声で「……ま、今は全力で戦えないけどね」とさりげなく付け加えた。
リリスのアドバイスに励まされ、カルヴァンは深呼吸をして再び手のひらに意識を集中させると、今度は炎がしっかりと形を成し、安定して揺らめいた。
「よし、いい感じじゃない。あとは練習あるのみね」
リリスは満足げにうなずき、焚火の光の中で少し得意げに微笑むカルヴァンを見守っていた。
その夜、二人は深淵の森の中で焚火を囲み、休むことにした。
「カルヴァン、今日はあたしが料理を作ってあげるわ!」
リリスはやる気に満ちた顔でウサギの肉を取り出し、焚火にかざし始めた。
カルヴァンは少し不安げに、それでも微笑みを浮かべて見守っていた。
「リリスが料理を?……それは楽しみだけど、大丈夫かな」
(料理してるの見たことないけど……一応女の子だし、大丈夫だよね?)
「ふふん、あたしの料理を甘く見ないでよ!絶対に美味しいに決まってるんだから!」
リリスは自信たっぷりに鼻歌を歌いながら肉をひっくり返しているが、次第に焦げ臭い匂いが漂ってくる。
しかし、彼女はお構いなしに得意げな表情を浮かべて焼き続けていた。
「よ~し、できたわよ!これがリリス特製、ウサギ肉のステーキ、よくわかんないキノコを添えて。よ!」
リリスが差し出したそれは、真っ黒に炭化した謎の物体。カルヴァンは一瞬目を瞑り、心の中で祈りを捧げながら、それを手に取った。
(まさか、旅に出て初めての試練が魔物との戦闘じゃなくて、リリスの
カルヴァンは内心のツッコミを抑えつつ、期待に満ちたリリスの視線に応えようと、震える手で一口食べる。
そして、一口食べた瞬間――
「うっ…!」
カルヴァンの視界が急に暗転し、そのままばったりと倒れてしまった。
リリスは驚いてカルヴァンに駆け寄り、「ちょっと、カルヴァン!?しっかりしてよ!」と揺さぶるが、彼はピクリとも動かない。
「……こんなことで倒れるなんて、軟弱なんだから……もしかして、疲れたのかしら?」
リリスは呆れたようにため息をつきながらも、そっと毛布をかけてあげる。
そして、真っ黒な肉を見つめ、少し首をかしげた。
「……次はもっと上手く作れるはずよ。うん、絶対に」
翌朝、カルヴァンは頭の重さを感じながら目を覚ました。視界の中で、焚火を起こしているリリスの姿が目に入る。
「おはよう、リリス」
「おはよう、カルヴァン。昨日はよく眠れた?」
リリスが心配そうに問いかけると、カルヴァンはぎこちなく微笑みながら答えた。
「う、うん……なんとかね……」
リリスはしばらくカルヴァンを見つめていたが、突然焚火の前で腕を組み、キラリと笑う。
「じゃあ、今朝もあたしが特別に朝食を――」
「えっ?いやいや!大丈夫、今日は僕が作るよ!」カルヴァンは慌ててリリスの言葉を遮る。
「ん?遠慮しなくていいのよ、ほら、あたしの料理食べて元気出しなさいって!」リリスは自信満々に焚火のそばへ向かおうとするが、カルヴァンは全力で彼女を引き止めた。
「本当に遠慮とかじゃなくて!あ、ほら、昨日のお礼に、僕が朝食を作るって決めたから!」
カルヴァンの必死な様子に、リリスは少し不満そうに眉を寄せるが、「まあ、どうしても作りたいなら……許してあげるけど?」としぶしぶ了承する。
「はは、感謝してるよ……」
カルヴァンはそう言いながら心底ホッとした顔で、簡単な朝食を手早く用意するのだった。
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