第6話 遺された愛の手紙
エレナがこの世を去ってから、数日が過ぎた。
深淵の森はいつもと変わらない静けさに包まれているが、彼女のいない家の中には、何かがぽっかりと欠けたような空気が漂っていた。
カルヴァンとリリスは、彼女が残した教えと温もりを胸に静かに過ごしていたものの、その喪失感は二人の心に重くのしかかっていた。
そんなある日、カルヴァンがふとエレナの部屋の机の引き出しを開けると、そこに一通の手紙があるのを見つけた。
白い封筒の表には、「愛するカルヴァン、そしてリリスへ」と、優しい字で書かれている。
カルヴァンはその手紙を手に取り、そっとリリスを呼びに行った。
「リリス……これ、エレナが残した手紙みたいだ」
リリスも目を見開き、二人はお互いに黙ってうなずくと、そっとその場に座り込み、封筒を開けた。
そして、エレナの最後の言葉が綴られた手紙を、深淵の森の静かな響きに包まれながら読み始めた。
愛するカルヴァン、そしてリリスへ
この手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にはいないのかもしれないわね。突然、こんな手紙を残してごめんなさい。でも、どうしてもあなたたち二人に伝えておきたかったの。
カルヴァンへ
カルヴァン、あなたが私のもとにやってきてから、私の人生はどれほど豊かで、温かなものになったかしら。最初は小さな赤ちゃんだったあなたが、立派に育っていく姿を見られたこと、それが私にとってどれほどの幸せだったか、言葉では表せないわ。
あなたには私の魔女としての力を継がせましたが、それは『人々を守る力』であってほしいと願っています。あなたは誰よりも優しく、そして強い心を持っている。だから、その心を信じて歩んでほしい。どんな困難があろうと、あなたならきっと乗り越えられる。私がいつもあなたのそばで見守っていると思って……決して一人で抱え込まないで。
リリスへ
リリス、あなたと過ごした日々は、私にとって特別な時間だったわ。あなたはいつもカルヴァンをからかい、時に衝突もしていたけれど、本当は誰よりも彼を大切に思ってくれているのを、私は知っているのよ。あなたがいてくれたおかげで、私はカルヴァンを安心して託すことができる。
リリス、どうかこれからも彼を支えてあげてね。あなたがそばにいてくれるだけで、彼はきっと心強く思うはずよ。そして、あなた自身もどうか幸せを見つけてほしい。あなたの未来もまた、希望に満ちたものになることを心から願っています。
二人へ
最後に、この深淵の森で過ごした時間は、私にとって宝物です。あなたたちと笑い合い、穏やかな日々を過ごせたこと、それが私の人生で一番の幸せでした。できることなら、この幸せな時間がずっと続いてほしかった……。でも、私はもうあなたたちのそばにはいられません。
だからこそ、私が残せるのはこの手紙と、あなたたちへの愛だけ。どんなことがあっても、二人ならきっと乗り越えられるわ。どうかお互いを支え合い、私の願いを胸に歩んでいってください。
心からの愛を込めて
エレナ
読み終えた瞬間、カルヴァンは手紙をそっと抱きしめる。
彼の目は涙で滲み、手紙の紙面にはかすかに残ったエレナの涙の跡があった。
それは彼女がこの手紙を書きながら、どれだけ二人を思い、別れを惜しんで涙を流した証だった。
「……母さん……こんなに、僕たちのこと……」
カルヴァンの声は震え、その言葉を噛みしめるたび、涙が堪えきれず溢れ落ちた。
リリスもまた、エレナの思いが詰まった手紙に心を打たれ、涙をこぼしながら手紙をそっと撫でていた。
そして、小さく震える声で呟いた。
「……ったく、あの人……最後の最後まで、ほんとに……バカ……」
その声は震えていたが、照れ隠しのような、切なさと愛おしさが混じっていた。
カルヴァンは彼女のその言葉に、さらに涙が止まらなくなり、二人はしばらくの間、エレナの愛の余韻に包まれて涙を流し続けた。
やがてカルヴァンは涙を拭い、決意に満ちた表情でリリスに向き直った。
「リリス……僕、エレナの願いを叶えるために旅に出ようと思う。エレナが託してくれた力と夢を胸に、人々と共に生きられる未来を作りたいんだ」
リリスも涙を拭いながら、カルヴァンの決意に強く頷いた。
「あんたがそう決めたなら、あたしも一緒に行くわ。エレナもきっと、あたしたちが歩んでいく姿を喜んでくれる」
二人は深く息をつき、エレナの手紙を静かに胸にしまった。
エレナの愛が詰まったその手紙は、これからの二人を支えるかけがえのない光となるだろう。
「行こう、リリス。僕たちが、エレナの思いを……未来へ繋ぐんだ」
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