第4話 継承と別れ
深淵の森での静かな日々が続いていた。
魔女エレナと転生した少年カルヴァン、そして彼の使い魔である悪魔のリリス――
三人はまるで家族のように穏やかな日常を過ごしていたが、エレナは密かに別れの覚悟を決めていた。
そんなある日、エレナは意を決してカルヴァンに声をかけた。
「ねぇ、カルヴァン?今日は少し私についてきてくれる?」
その声にはいつもと違う張り詰めた静けさが漂っていた。
カルヴァンは少し戸惑いながらもエレナの顔を見つめ、彼女の後を追った。
リリスも、いつもと違う空気を感じ取り、黙ってついてくる。
エレナは二人を、深淵の森の奥にある聖なる泉へと導いた。
そこは古代の魔術が息づく神聖な場所。
エレナはゆっくりと息をつき、二人に向き直ると微笑んだ。
「カルヴァン、リリス……あなたたちと過ごす日々が、このままずっと続けばいいと思っていたわ。でも、どうやらそれも難しいみたい」
エレナの表情にはかすかな哀しみがにじんでいて、その言葉にカルヴァンの胸には重い不安が押し寄せた。
「どうして……そんなこと言うの?」
カルヴァンの声はわずかに震えていた。
エレナは、どこか諦めたように微笑んで、静かに話し始めた。
「私の寿命が近づいているの……」
その言葉にカルヴァンの心が、まるで誰かに握りつぶされるように締め付けられる。彼は震える声で、なんとか言葉を絞り出した。
「……嘘だよね?」
エレナは静かに首を振り、カルヴァンの手を優しく握りしめた。
「あなたには、私の魔女としての力を継承してもらいたい。それが、私の最後の願いよ」
「お母さん……でも、僕はまだ何もできないよ……!」
カルヴァンの必死な叫びに、エレナは微笑みながら彼の頬をそっと撫でる。
「あなたならできるわ、カルヴァン。あなたの中には、私たち魔女の誇りをつなぐ力が宿っている。だから、人々が魔術を恐れずに、正しい理解を持って共に歩める未来を作ってほしいの。」
カルヴァンの目に涙がにじみ、エレナの言葉が心の奥に深く突き刺さる。
魔女であるエレナは長い間、人々に恐れられ、孤独に耐え続けてきたが、それでも彼女は人々を守りたいと願っていたのだ。
「……僕にそれが、できるのかな……?」
エレナは微笑み、カルヴァンの不安を包み込むようにうなずいた。
「ええ、できるわ。あなたなら、きっと成し遂げられる」
その言葉に、カルヴァンは少しずつ新たな決意を抱き始めた。
そしてエレナは聖なる泉の前に立ち、古の呪文を唱え始める。
カルヴァンも彼女の指示に従い、儀式に加わった。すると空気が張り詰め、聖なる光が二人を包み込んだ。
次の瞬間、カルヴァンの体に激しい痛みが走り、思わず叫び声が口を突いた。
「う、うわああああっ!」
全身を駆け巡る痛みに耐え、彼は歯を食いしばり、必死に耐える。
エレナはそんな彼を励ますように、強い声をかけた。
「カルヴァン、頑張って!この試練を乗り越えれば、あなたの新しい未来が開かれるのよ!」
カルヴァンは必死に耐えながら、エレナの声を心に刻み続けた。
痛みが頂点に達し、彼が限界だと思ったその時、エレナの力が完全に彼に移り、彼女の体は徐々に透明になっていく。
「……カルヴァン……これで、あなたは私の魔女としての力を受け継いだわ。リリス、どうかカルヴァンをよろしくね」
リリスは真剣な目でエレナを見つめ、力強く頷いた。
「……わかってる、エレナ。あたしに任せて」
カルヴァンは涙を拭い、エレナに誓うように言葉を口にした。
「母さん、ありがとう……僕、絶対にその願いを叶えるよ」
エレナは最後に温かく微笑み、カルヴァンとリリスを見つめながら、静かに消えていった。
カルヴァンはその場にしばらく立ち尽くし、エレナの想いを胸に抱きしめた。
リリスが彼の肩にそっと手を置き、優しく声をかける。
「泣いてばかりじゃ、エレナも安心できないわよ」
カルヴァンは涙を拭いながらリリスを見つめた。
「……わかってる。でも……」
リリスは彼の肩をぽんと叩き、真剣な表情で言った。
「カルヴァン、エレナはあんたに未来を託したのよ。辛いのはわかるけど、今はあんたがエレナの意思を継いで前に進まなきゃ。それがエレナへの弔いなんじゃない?」
その言葉に、カルヴァンは少しずつ心が癒されていくのを感じた。
「ありがとう、リリス。君がいてくれて、本当に助かるよ」
リリスはそっぽを向きながら少し照れくさそうに言った。
「べ、別にあんたのためじゃないし……エレナには感謝してるから、ちょっとくらい手伝ってあげるわ」
カルヴァンは彼女の言葉に微笑み、静かに誓いを立てるように言った。
「君がそばにいてくれるなら安心だよ」
リリスはふふんと鼻を鳴らし、ツンとした表情で言った。
「ま、まぁ……一緒にやるのも悪くないかもね。あたしはあんたの使い魔だし、付き合ってあげるわ」
エレナの想いを胸に、カルヴァンはリリスとともに深淵の森を後にし、未来への一歩を踏み出したのだった。
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