第3話 深淵の森での日常
エレナの家での生活は、静かな森に響く鳥のさえずりと木々のざわめきに包まれている。
穏やかな日々のはずなのに、僕にとっては「リリスとの攻防戦」みたいな日常だ。
使い魔って普通、主を支える役割じゃないの?
でも、どういうわけか、リリスとは逆転した関係が続いている気がする。
「ねぇリリス、これって本当に僕がやることなの?」
掃除用のモップを握りしめ、散らかった床を見て僕が尋ねると、リリスはソファで悠々と足を組み、片手をひらひらと振ってきた。
「なに言ってんのよ。使い魔のあたしが“代わりにやって”ってお願いしてるんだから、これも“主”としての大事なお仕事でしょ?」
いやいや、リリスが僕の使い魔で、僕が主なんじゃなかったのか……? 頭の中でそうつぶやいても、ドヤ顔を決めている彼女の前では反論する気も起きない。
「それに、あんたの器を見極めてるんだから、しっかり働きなさいよね!まさか、使い魔にこんな事手伝わせる気じゃないわよね?」
「なんで僕が試されるんだ……」そうぼやいてはみたものの、彼女の気まぐれには敵わない。
僕はため息をつきながら、黙々と掃除に励むしかなかった。
掃除がひと段落し、ふとリリスの方へ視線を向ける。
彼女のサイドポニーテールにした黒髪がふわりと揺れ、赤い瞳がキラリと輝いている。
ツノと尻尾がそれとなく存在感を主張していて、どこか無邪気な少女にも見える姿だ。
つい、僕は無意識に彼女の胸元に目を向けてしまい、ぽつりと呟いてしまった。
「……案外、控えめなんだな」
その言葉に、リリスの動きがピタリと止まる。
あれ、もしかして……?
「あ、いや、なんでもない!なんでもないから!」慌てて取り繕おうとする僕。
しかし、リリスはすでに怒りモードに突入していて、険しい目つきで一歩ずつ近づいてくる。
「どーこーが控えめですって?このムッツリスケベ!少しでも気にしてる私の“繊細なポイント”を、よくも……!」
冷や汗がどっと流れる中、必死に弁解しようとするが、彼女は容赦なく詰め寄ってくる。
「そ、そんなつもりじゃ……いや、本当に!」
「そんなつもりじゃって、どんなつもりだったってのよ!」
迫力たっぷりに詰め寄るリリスの顔には、わずかに赤みがさしていて、なぜか怒りの中にも少し照れが感じられた。
そのギャップに、思わず可愛いと思ってしまう自分がいるのが困る。
僕が壁際に追い詰められそうになったとき、「はい、そこまで」とエレナが割って入ってきた。
エレナは微笑みながら僕たちを見つめ、和やかな声で言う。
「リリス、あんまりカルヴァンをいじめないであげて。ふふっ、仲がいいのね」
リリスはふいっと顔をそらし、少しムッとした表情で「べ、別にいじめてるわけじゃないわよ!」とそっけなく言う。
「そろそろお昼にしましょうか」とエレナが促すと、リリスは不満げな顔をしながらも、「まぁ、ちょうどお腹が空いてたし、付き合ってあげるわ」としぶしぶ立ち上がった。
三人でテーブルを囲んでの昼食は、穏やかなひとときだ。
エレナの作ってくれた温かな料理に舌鼓を打ちながら、僕は心の底からこの平和な時間を満喫していた。
リリスも口元に微笑を浮かべ、時折僕を横目で睨んでくるけれど、彼女がどこか照れくさそうにしているのが分かる。
僕が何か話しかけると、ツンと顔をそむけながらも、どこか楽しげだ。
昼食を終え、片付けを済ませると、リリスは「あたし、ちょっと昼寝するわ」と宣言してソファにゴロリと横たわる。
その無防備な寝顔を見ていると、やっぱり憎めない気持ちになる。
僕もなんだか眠くなって、彼女の隣に腰を下ろし、森の静かな昼下がりの空気に包まれながら、ゆっくりとまどろみの中に入っていく。
やがて二人の寝息が静かに響く中、エレナはその様子を温かな眼差しで見つめていた。
机に向かい、そっとペンを取り出して、静かに手紙を書き始める。
二人に寄り添いながら過ごすこの穏やかな日々が、彼女にとってどれだけ大切なものなのか、彼女の表情がすべてを物語っていた。
ペンが走る音だけが、森の家の中に静かに響いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます