第8話 もぐりや

 パスポート取得を早々に諦めたわたしは、廊下で途方に暮れてみることにした。



 困ったときは、とりあえず失望も露にしながら座り込むに限る。



 お尻がヒンヤリとして気持ちいい。



 むろん、体温の変化を気にしているヒマはないはずだが、わたしの心に、乱れはなかった。



 ただ途方に暮れていただけだった。



 何もしないでいても仕方がないので、わたしは、とりあえず立ち上がった。



 周囲を見ると、わたしどうよう座り込んだり立ったり座ったりする者たちで、廊下はにぎわっていた。



「運命が、そなたを導くであろう」



 わたしの横で途方に暮れていた老婆が、ポジティブな預言めいた言葉を紡いだ。



「運命?」



「そうさ。あそこにいるやつだよ」



 老婆が指し示す方向に、顔の長い男がいた。



 顔の長い男は、ニヤニヤと笑っていた。



 わたしは、顔長男に尋ねる。



「どちら様で」



「もぐら男さ。みんなからは、そう呼ばれている」



「もぐりやではなくて?」



 わたしの工夫のないツッコミを受けても、もぐら男は、動じない。



「そうともいう。でもなぁ名前なんて、小さなことだ。俺様の本質は変わらない」



「名前もあなた自身では?」



「かもな。でも違う。重要なことは、俺様がお前さんを、あめりかへ送ってやれるってことさ」



「お願いします!」



 わたしは、ダボハゼのように、飛びついた。



「いいだろう」



 そういうことになった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る