第2章第8話: 「奇妙な迷路と謎の声」

ルビィの精霊の力によって、鬱蒼としていた暗い森は一瞬にして一面の草原へと変貌を遂げた。柔らかな草が風に揺れ、小さな花があちこちに咲き乱れている。その光景は美しく、まるで別世界のようだった。しかし、その草原の真ん中に建つ建物だけが異質だった。まるで戦場の要塞のような重厚で威圧感のある外観が、草原の景色と完全にかけ離れていたのだ。


リオナは少し眉をひそめて、お屋敷を見上げた。


「さっきまでの暗い森に囲まれていたら、確かにしっくりきたのかもね」


「でも、この草原の中にあると……なんか異様だね」ルビィが同意するように頷いた。


エリオはすっかり圧倒されたようで、翼を縮めてリオナの後ろに隠れながら、小声で不安げに呟いた。


「これ、本当に入っても大丈夫なのかな……」


ミレイはだるそうな表情を崩さず、ホウキをくるくると回しながら、リオナを促した。


「どうせ公爵様のお遊びでしょ。とっとと中に入って用を済ませちゃいましょう~」


一行は意を決して門に向かって進んだ。エリオは心細げにリオナの後ろについて行き、ルビィも軽くため息をつきながら建物を見上げる。


「どうせ中も、妙に凝ったお屋敷なんだろうね~」


門に近づくと、重々しい音を立てて、巨大な鉄の扉がゆっくりと自動で開いた。中には見事な庭園が広がっているかと思いきや、少し奇妙な光景が広がっていた。生垣で作られた迷路が庭に設けられており、初見には入り組んでいるように見えたが、よく見てみると陳腐で簡素な作りだった。角を二つも曲がれば終わりそうな、ちょっと拍子抜けするような迷路だった。


「……え、これが迷路?」ルビィが不思議そうに眉をひそめた。


「せいぜい角を二回曲がったらゴールよね」リオナも唖然としながら迷路を見渡す。


一行は最初の角を曲がり、軽く迷路を進んでみた。ところが、次の角を曲がった途端、目の前に再びお屋敷の正面が現れたのだ。リオナは驚き、何度も目をこすって確認したが、確かに正面が目の前にあった。


「え、また正面?さっき曲がったばかりなのに」


「おかしいね。さっきの角で少し進んだだけじゃない」ルビィも違和感を感じながら周りを見回した。


もう一度別の角を曲がってみるが、またもや正面にお屋敷が現れる。リオナとルビィは顔を見合わせ、さらに不思議そうに首をかしげた。


「ちょっと、どういうことよ!これじゃ、永遠にお屋敷に近づけないじゃない!」リオナが焦りを感じて声を荒げた。


すると、ミレイがわざとらしいほどのだるい声で叫んだ。「もう~、意地悪~!こんな小細工やめなよ~、意地悪~!」


その瞬間、どこからともなく、低く響く男の声があたり一帯に響き渡った。その声は深みのある威厳に満ちており、まるで屋敷全体が語りかけてくるような不気味な響きだった。


「意地悪だと?そんなことを言うようじゃ、まだまだ修行が足りないな!」


その声が重く響くと、迷路の生垣が左右に分かれ、玄関へ続く一直線の道が目の前に開かれた。


リオナとルビィ、そしてエリオはその光景に目を見張り、呆然と立ち尽くしていた。リオナが少しだけ不安そうに、辺りを見渡した。


「……誰の声?」


ミレイは微笑を浮かべ、少し怪訝そうにリオナの方を向いた。


「さあね。」


エリオは依然として恐る恐る周りを見回しながら、不安げに言葉を漏らした。「こ、怖いよ……なんだか、悪いことが起きそうな気がする」


リオナはエリオの翼を軽く叩き、「大丈夫よ、なんとかなるって!」と、彼に笑顔を向けたが、その目には緊張が混じっていた。


「さ、行くわよ!」リオナが気を引き締め直し、仲間たちと共に玄関へと歩を進めた。


一行は重厚な石畳を進み、ついに公爵の屋敷の玄関に到着した。ドアの前で一瞬立ち止まり、謎の声がした方向を振り返ったが、もう声は聞こえてこない。不安げに顔を見合わせたリオナとエリオ、そしてルビィは、覚悟を決めて玄関の扉に手をかけた。

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