第1章第10話: 「騒がしい飛行と精霊ルビィ」

エリオが再び翼を広げて飛び上がる。だが、まだ慣れていないためか、飛行はまったく安定していない。上へ下へと、エリオは振り回されるように急上昇と急降下を繰り返し、リオナは背中に必死にしがみつきながら声を張り上げていた。


「ちょっと!また上がってるってば!エリオ、頼むからしっかりして!」


リオナの叫び声が風に消されるほどのスピードで、エリオは翼を力任せに羽ばたかせている。恐怖と不安で心がいっぱいだったが、背中に乗っている精霊だけはまったく違う反応を見せていた。


「いやっほ〜!」


精霊はまるでジェットコースターにでも乗っているかのように、風を切って楽しんでいる。彼女の声は空中に響き渡り、リオナが苦労しているのとは対照的に、喜びの表情を浮かべていた。


「ちょ、あんた!何がそんなに楽しいのよ!こんなに高いのに怖くないの?!」


リオナは必死に声を張り上げて精霊に問いかけた。だが、精霊は笑顔で振り返り、軽く肩をすくめながら答えた。


「あんたじゃねえ!ルビィだ、よろしくな!」


「どうでもいいわよ!エリオ、ほんとにもういい加減にしてぇぇぇ!」


エリオは上昇したかと思えば、今度は一気に急降下を始めた。リオナは背中にしがみついたまま、心臓が口から飛び出そうなほどの恐怖に襲われた。風が猛烈な勢いで顔に当たり、彼女は目をぎゅっと閉じて叫んだ。


「ぎゃああああ!地面が近いってば!」


エリオも同じようにパニックに陥っていた。地面が近づくにつれて、再び翼を広げて急上昇を試みたが、その動きも乱暴で、またしても急激に上昇し始めた。


「うわぁぁぁ!もう降りたい!」


リオナは叫び声を上げ、必死にエリオにしがみついていたが、ルビィは依然として楽しんでいるようだった。


「これ、最高!もっと速く飛べないの?」


リオナは目を細めてルビィに視線を向けた。


「あんた、本当にどうかしてる!」


「さっきも言っただろ?ルビィだって!」


そのやり取りが続く中、再びエリオの翼が乱れ、突然、三人は再び泉の方へと急降下していった。


「えええぇぇぇ、またかよ!」


リオナの叫びが空中にこだまし、次の瞬間――


「ドボンッ!」


三人はまたしても水面に突っ込み、大きな波紋を広げながら泉に沈んだ。水中で慌てて顔を出したリオナは、濡れた髪を振り払いながら、荒れた息をついた。


「……もう、最悪」


エリオも同じように水から顔を出し、情けない表情で水をぬぐっていた。


「ご、ごめん……まだ飛ぶのが慣れなくて……」


「ったく、もうどうしようもないわね」


リオナは疲れ果てた様子でため息をつきながら、岸へと泳いで向かおうとした。その時、ふと視線を向けると、ルビィが水面に浮かんで楽しそうにケラケラと笑っていた。


「ハハハ!あんたら、面白いな!これこそ冒険ってもんよ!」


リオナは不機嫌そうにルビィを睨みつけた。


「なんであんた、濡れてないのよ……」


ルビィは肩をすくめ、どこからともなくタバコを取り出し、火をつけた。彼女の姿は相変わらず優雅で、まるで水中にいたことなど信じられないほどだった。


「私はこの泉の精霊だからな。水で濡れるなんて間抜けなことしないさ」


彼女はそう言って、タバコをふかしながら煙を吹き出した。


「……まあ、精霊ならそうか」


リオナは思わず納得してしまった。エリオも同様に、水から上がってぼんやりと同意する。


「それもそうだよな……」


二人はお互いに顔を見合わせ、「ひどい目にあった」という共通の感想を持ちながら、泉から岸へと歩き始めた。水を絞りながら、もうこれ以上トラブルに巻き込まれたくないという気持ちが強くなっていた。


「もう、出ていこうよ……本当に疲れたわ」


「うん、早く休みたい……」


リオナとエリオは、そう言いながら静かにその場を離れようとした。しかし、その時、ルビィが手を振りながら二人に声をかけた。


「おいおい、あんたら!そんなに急ぐなよ。気に入ったぜ。今日は私が奢ってやるよ!」


「……奢り?」


リオナは一瞬、立ち止まって振り返った。エリオも疑わしげな顔をして、ルビィの方を見た。


「いや、そんなのいいからさ……僕たち、もう疲れてるんだ」


エリオは弱々しく言ったが、ルビィは笑みを浮かべ、二人を引き止めようとする。


「いいから、今日は私が全力でおもてなししてやる!さ、付き合いな!」


ルビィはそのまま二人を半ば強引に誘い始め、リオナとエリオは結局、逃げることもできず、彼女のしつこさに屈することになった。


「もう……勘弁してよ……」

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