第1章第9話: 「不機嫌な精霊とおっちょこちょいのドラゴン」

リオナとエリオが泉に落ち、慌てて水から顔を出すと、目の前には驚くべき光景が広がっていた。水面には何かが浮かんでいた。それは、ふわりと宙に浮かぶような存在で、薄い光をまとった女性の姿をしていた。彼女の手には、金の斧と銀の斧が握られていた。そして、岸にはきこりらしき男性が立っていて、二人が話し合っていたらしい。


「え……何これ?」と、リオナがぼんやりと言った。


エリオも同じく戸惑いながら、きょろきょろと周囲を見渡していた。泉の水に浸かりながら、二人は水の中から姿を現したばかりで、状況が全く飲み込めていなかった。


きこりの男性と精霊らしき存在は、突然現れたリオナとエリオに驚いた様子で、ポカンと二人を見つめていた。


「あ……すみません!お邪魔しちゃいました!」


リオナは気まずそうに頭を下げて謝った。エリオも、それに倣ってペコペコと頭を下げる。二人は勢い余って泉に飛び込んでしまったことを後悔し、できるだけ早くこの場を去りたかった。


しかし、次の瞬間――。


「ド、ドラゴンだああああ!」


突然、岸にいたきこりが叫び声を上げ、全力で逃げ出した。彼はエリオを一瞥しただけで完全にパニックに陥り、全速力で森の中に消えていった。


「あっ、ちょっと待って!逃げないでよ!」と精霊が引き留めようとしたが、きこりは振り返ることなく、すっかり逃げ去ってしまった。


「……」


泉のほとりには、不自然な静けさが漂った。精霊はため息をつき、やれやれと肩をすくめたかと思うと、どこからかタバコを取り出し、火をつけて一服し始めた。


「どっからそのタバコ出したのよ……?」とリオナは呆然と呟いたが、誰も答えない。


煙がゆっくりと立ち上る中、精霊は一息つくと、冷たい目でリオナとエリオを見据えた。


「で?何邪魔してんの?」


その声は、先ほどまでの優雅な雰囲気とは打って変わって、どこか荒々しい響きを帯びていた。リオナとエリオは一瞬で凍りついたように動けなくなった。


「え……えっと、すみません。僕たちはただ――」


エリオが何とか説明しようとすると、精霊は煙を吹き出しながら話を遮った。


「いい男だったのに……お前らが邪魔しやがって」


その口調はまるで文句を言うかのようで、リオナはさらに困惑した。


「え、いい男……?」


「そうだよ!あのきこりさ、やっとまともなヤツに会えたと思ったのに、こいつが台無しにしやがった……ドラゴンでビビらせるなんてどういうつもりよ!」


「え、いや、そんなつもりは……」


リオナは口ごもりながらも、どうにか説明しようとしたが、精霊の鋭い視線に圧倒され、言葉が出てこなかった。エリオも同じようにおどおどしていた。


「まったく、落とし前つけてもらわないといけないわね……どうしてくれるの?」


精霊は不機嫌そうにリオナたちを見つめ、じっくりと煙を吐き出した。その視線は鋭く、ただ事ではない雰囲気が漂っていた。


「えっと……どうすればいいのか……」と、リオナは戸惑いながら質問した。


精霊はニヤリと笑い、手に持っていたタバコを指でつまんで吹き出し、こう答えた。


「ドラゴンに乗せなさいよ」


「……えっ?」


リオナとエリオは同時に驚いた声を上げた。


「乗せろって言ってんの。私、あんたの背中に乗って飛びたいのよ」と精霊は涼しい顔で言い放った。


「無理です無理です無理です!」とエリオは慌てて後ずさりしながら必死に否定した。


「いや、いやいや、そりゃあちょっと……」リオナも驚いて手を振った。


「いいからさっさと乗せろよ。こう見えて、私は優しくしてやるぜ?」と精霊は不敵に笑みを浮かべた。


「いや、やめておいた方が――」


「乗せろって言ってんだよ!ったく、何グズグズしてんの?あんたのせいでいい男を逃したんだ、当然の報いだろうが!」と精霊は声を荒げた。


リオナとエリオは恐怖に駆られ、抵抗する間もなく無理やりエリオの背中に精霊が乗り込んでしまった。精霊は意外にも軽々とエリオの背中に乗り、バランスを取ると、ニヤリと笑った。


「これで準備完了だな。さあ、飛べ!」


エリオは仕方なく翼を広げ、飛ぼうとした。その時、


「女の人ってやっぱり重いもんだね。リオナもお姉さんも……」


エリオが口を開いた瞬間、リオナの拳がエリオの背中に直撃した。


「余計なこと言うんじゃないわよ!」


さらに、精霊も一緒に拳を振り上げ、エリオの頭を強く殴りつけた。


「調子に乗んな、ガキ!何女の重さの話してんだ、ぶっ飛ばすぞ!」


「殴ってから言わないでよ〜」


エリオは悲鳴を上げながら、リオナと精霊に同時に殴られて完全に撃沈してしまった。


こうして、泉での騒動はしばらく続いた。

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