第1章第5話: 「ドラゴンの過去」
リオナは困惑したまま、泣きじゃくるドラゴンをじっと見つめていた。あまりにも情けない姿に、冒険の高揚感は完全に消え去り、ただの疲労感が残るだけだった。泣いている相手をどう扱えばいいのか分からず、しばらくその場で黙って見守るしかなかった。
「はぁ……泣き止んでくれないかなぁ……」
リオナはため息をつき、頭を抱えた。すると、しばらくしてドラゴンはようやく泣き声を小さくし始めた。鼻をすすりながら、涙を拭うように前足で顔をこすった。そして、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……僕の名前は……エリオって言うんだ」
リオナはその言葉に驚き、ドラゴンを見つめた。さっきまで情けなく泣いていたドラゴンが、今度はゆっくりと自分の過去を語り始めたのだ。
「僕は、ある国の……王子なんだ」
「……は?」
リオナは呆気に取られた表情でドラゴン――いや、エリオを見つめた。王子?この情けないドラゴンが?彼女の中で、ますます事態が飲み込めなくなっていたが、エリオは構わず話を続けた。
「僕は、昔から……ひ弱で……体も弱かった。父上も、僕のことをずっと心配してたんだ。それである日……父上が魔法使いを呼んできたんだよ」
エリオは少し間を置き、記憶をたどるように話し始めた。
「その魔法使い……すごく怪しかったんだ。見た目は、派手で……ギャルっぽい感じでね。髪もピンクで、タメ口で父上に話しかけて、ケラケラ笑ってたんだ。すごく軽薄そうで、僕も父上も正直不安だったけど……でも、父上は『エリオを強くしてくれ』って頼んだんだ」
リオナはその光景を想像し、思わず眉をひそめた。王様にタメ口で話す魔法使い?しかもギャル語を使う?その場面が目に浮かび、どうにも信用できない人物だと思わざるを得なかった。
「その魔法使いは、『マジで?やるっきゃないっしょ!』みたいなことを言って……僕に魔法をかけたんだ。その時は何も感じなかったけど、父上も僕も少しだけ期待してたんだよ。これで僕も強くなれるかもって……」
リオナはその話を聞きながら、ますます嫌な予感がしてきた。どう考えても胡散臭い魔法使いの仕業だ。
「でも、数日経っても何も変わらなかったんだ。僕は相変わらずひ弱なままだし、強くなった実感なんて全然なかった。父上は怒って、その魔法使いを城から追い出したんだ。『嘘つきめ!』って言ってね……」
エリオはため息をつき、さらに話を続けた。
「それで、また数日が経って……僕は一人でお城の庭を散歩してたんだ。そしたら、突然……」
エリオは一瞬、言葉を詰まらせた。リオナはその様子に興味を抱き、じっと耳を傾けた。
「突然、僕の体が……ドラゴンに変わっちゃったんだ」
リオナは目を見開いた。まさか、エリオがこうしてドラゴンの姿になった理由がそんな馬鹿げた出来事だったとは思いもしなかった。
「その時は、すごく驚いて……恐ろしかった。急に自分の体が巨大になって、鱗が生えて、爪が伸びて……何が起こったのか全然わからなかったよ」
エリオは悲しそうな声で続けた。
「お城に戻ろうとしたけど……僕が城門に近づいた途端、兵士たちが僕を見て、モンスターだ!って叫びながら武器を構えたんだ。僕が何か言おうとしても、誰も聞いてくれなかった。みんな僕を恐れて、追いかけてきたんだよ……」
その話を聞いて、リオナは思わず顔をしかめた。エリオがドラゴンに変わったことで、国中から追われる身になったということだ。まさか、自分の国でさえも安全ではなくなってしまったとは。
「それから……僕は国を出て、ひたすら逃げ続けたんだ。どこに行ってもモンスターだと思われて、追い立てられて……行き場がなくて、どうしていいか分からなくて……」
エリオの声は次第に小さくなり、涙がまたこぼれそうになっている様子だった。
「そして、森の中で……途方に暮れていた時に、君に会ったんだ」
リオナはエリオの話を聞き終え、しばらく沈黙していた。彼が背負っている重荷は想像以上に大きかったのだ。情けないドラゴンだと思っていたが、その背景には複雑な事情があったことを知り、リオナは少しだけ気持ちが揺れた。
エリオは最後に、リオナに向かって切実な声で懇願した。
「お願いだ……僕を助けてくれないか?もう逃げる場所もなくて……一人じゃ何もできないんだ……」
リオナはその言葉を聞いて、再び頭を抱えた。彼の頼みをどうするか、答えを出すのは簡単ではなかった。情けないと思いながらも、彼の必死さが伝わってきたからだ。
「……ったく、しょうがないわね……」
リオナは心の中でそう呟きながら、エリオを見つめ続けた。彼女の冒険はまだ始まったばかりだったが、予想外の展開に巻き込まれていくことを感じずにはいられなかった。
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