第1章第3話: 「巨大なドラゴンの登場」

リオナは森の中で息を潜め、剣をぎゅっと握りしめた。目の前には、これまでに見たこともないほど巨大なドラゴンが立ちはだかっている。その姿は圧倒的で、鋭い爪と巨大な翼、光を反射する硬い鱗。まるで山のような存在感に、リオナは全身の緊張を感じた。


しかし、その緊張の中に湧き上がる別の感情――それは冒険者としての高揚感だった。これこそがリオナがずっと望んでいたものだった。城を抜け出して、退屈な日々から解放され、真の冒険に飛び込む瞬間。彼女は心の中で喜びを抑えきれなかった。


「ふぅ……」


リオナは一度大きく息を吸い込み、覚悟を決める。剣を構え、目の前のドラゴンに向かってじりじりと近づいていく。彼女の心臓は激しく鼓動していたが、それは恐怖からではなく、興奮からだった。まさにこれこそ、自分がずっと夢見てきた戦いだ。


「これでこそ、本物の冒険ってものね!」


リオナはつぶやき、ドラゴンを見据えた。その姿は威圧的でありながらも、どこか魅力的だった。彼女は思いっきり剣を掲げ、勝負を挑む決意を固めた。


「行くわよ!」


彼女は全力で駆け出し、剣を振りかざしてドラゴンに向かって突進する。リオナの目は鋭く、全身に力がみなぎっていた。これこそ、自分が待ち望んでいた戦いだ。ドラゴンとの一騎打ちに心を躍らせ、彼女は突き進む。


だが、その瞬間――。


「……え?」


リオナが目にしたのは、ドラゴンが突然、大きな体をひるがえし、こちらに背を向けて全速力で逃げ出す姿だった。


「……は?」


リオナは一瞬、自分の目を疑った。巨大なドラゴンが、まさかの後退。いや、それどころか、完全に怯えた様子で森の奥へ逃げようとしている。リオナの心の中にあった興奮が一気に消え失せ、代わりに困惑が押し寄せてきた。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!逃げるんじゃないわよ!」


リオナは叫びながらドラゴンを追いかけた。剣を持ったまま全速力で走り出し、逃げていくドラゴンを追い詰めようとする。しかし、どうにも納得がいかない。この巨大なドラゴンが、どうしてこんなに怯えているのか。


「何なのよ!あんなにでかいくせに、どうして逃げるのよ!」


リオナは苛立ちながらも、全力でドラゴンを追いかけ続けた。ドラゴンは巨体の割に素早く、森の中を駆け抜けていくが、リオナも負けじとその背後を追った。二人は森の奥へと進み、リオナの熱意に押されるように、ついにドラゴンは岩場に追い詰められた。


「ふふん、もう逃げられないわよ!」


リオナは息を切らしながらも勝ち誇った笑みを浮かべ、ドラゴンを睨みつけた。剣を構え、最後の一撃を加えるべく、一歩ずつ前進する。ドラゴンは岩に背を押し付けるようにして、怯えた様子でリオナを見つめ返していた。


「これで終わりね!さあ、覚悟を決めなさい!」


リオナは剣を振り上げ、ドラゴンに向けて最後の一撃を加えようとした。その時だった。


「ぶ、ぶたないでぇ〜!」


突然、ドラゴンから情けない声が聞こえた。リオナはその場で硬直し、目を見開いた。剣を振り下ろす寸前だった彼女は、思わずその手を止めた。


「……え?」


リオナの口から漏れた言葉は、まさに驚愕と混乱を表していた。目の前の巨大で恐ろしいドラゴンが、怯えた声で「ぶたないで」と懇願しているという事実に、リオナは完全に拍子抜けしてしまった。


「……なにそれ?」


リオナは剣をゆっくりと下ろし、ドラゴンを呆然と見つめた。あの圧倒的な威圧感を持つ存在が、今ではまるで子供のように怯えている。ドラゴンの目は涙目になっているようにさえ見え、その姿にリオナは全く戦う気力を失った。


「なんなのよ……このドラゴン……」


リオナはため息をつき、頭を抱えた。これほど強大な敵だと思っていた相手が、実はただの臆病者だったなんて。彼女の中の戦士としての意欲が完全に削がれていく。


「はぁ……これ、どうしたらいいのよ……」


情けない声を上げるドラゴンに対し、リオナは剣を鞘に収め、呆然と立ち尽くした。冒険の始まりだと思っていた矢先、予想外の展開に直面し、リオナはどうすればいいのか分からなくなってしまった。

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