第36話 男ならやっぱり格好つけたいって話

「ふっ、はっ、ほっ」


ラントレによって息が乱れているが、もう少し走れると足を動かしている男子が一人。


体育祭にて実感した少々の体力の落ちを取り返すように走り続ける少年は、先週のように定期テストを気にする事はなく、鍛える事に重点を置けていた。


何故なら、先週に定期テストは完全終了した訳だからだ。

気分転換がてらに走るのが精一杯だったものの、今回は確実にラントレとして実行できている。


一種の清々しい気持ちに陥りそうになるが、それよりも先に抱いた感情は「ちょっと水浴びたい、水飲みたい」であった。

本格的に切れてきた体力が心にも入ってきたらしい。


中学時代より確実に落ちた体力に対して舌打ちをしつつ、近場の公園の水を借り、頭を濡らす。

忘れぬよう、乾きつつあった喉も潤す。


「ダメだな。30分ぶっ続けでやった程度で息が切れてきた。中学時代なんて、一時間ぶっ続けで体力が切れ始めたってのに。半分以上落ちてるんだよな……筋肉も落ち始めてきてるし。ほんと、今始めて良かったわ。落ちてモヤシになるのは嫌だしな」


過去の自分に対しての反省をツラツラと吐いている祐二……。

何を隠そう、この少年が動いているのは彼女の為に他ならない。


知っているのだ。お泊まりにて、密かに己の恋人が自身の腹部の筋肉を触っている事を。


最近筋肉が落ちてきたが故、触っている時にテンションが上がりつつも、少し残念な気持ちになっている事も知っている。


その程度で突き放す人間性は持ち合わせていないと知ってはいるが、彼氏としてそれは許容できなかった。

少々ダメな一面はあるものの、育ての親からは紳士になるように育てられてきた男だ。


やっていた宗教は紳士とは言えぬ代物ではあるが…この世の誰よりも由美を愛しているという自信を持っている祐二にとっては、見てみぬふりはできない問題であった。


「ブルルルルル!……ふー、髪の毛もサッパリした事だし、さっさと続き走りますかね。これ終わったら色々とイチャイチャするんだ。イチャイチャできなくても見るだけで癒されるから良いんだ」


空想でも癒されつつ、足を軽く動かしながら走る準備をする。

後もう少しだ、と思い、由美と会える未来を想像して喉を鳴らし、地面に蹴り上げる音を響かせる。


だからこそ、気が付かなかった。

ラブコメのヒロインが負けヒロインの登場により、主人公を想うがあまりに空回りしてしまうように……祐二は由美を想うがあまり、愛しの女性から来たメッセージを見逃してしまった。


…は知らない。祐二は知らない。

家へと帰宅した後、恋人から色々と文句を言われるのを知らない。


***


「むー」


「悪かったと思ってる。本当にごめん。ランニングの途中で見れなかったんだ。連絡ができるようにスマホ持ってったのに都合が良すぎるとは思う」


「いや、別にそれは怒ってないよ。元々料理を作ってくれる祐二くんの恩返しの為に料理作るつもりだったし。当初の予定通りだよ」


「ぇ、じゃあなんで」


「祐二くんがえっち過ぎるから。そんな色気ムンムンで歩いてきたと思うと……」


よく分からない理由でイチャモンを付けられた事にクエスチョンマークが浮かんでしまうが、由美はそれに気にする事なく祐二に近づいていく。

汗をかいたばかりだから汚いし臭い、と説明しても納得される事はなかった。


獲物を狙うような肉食獣の視線で胸部を貫き、飛び込んでくる。

危険だ、と彼氏として注意する考えが最初に浮かんできたが、それはすぐさま消え失せる事になってしまう。


汗を沢山かき、大量に染み込んだ服を遠慮なく嗅いでいる由美の姿によって。

己の彼女は変人である事は理解していたが、変態属性まで付いてくるとは思っていなかった。

その思考がゆえ、由美を引き離すタイミングを完全に失ってしまった。


加えて、相手は恋人である。

人も知らぬ、顔も知らぬ……そんな人とはまるで違う。

顔を知り、人を知り……世間一般で言う通常とは違う変なところを知り、それでも愛すと決めたのが由美である。


生来の「もし傷つけてしまったら」という臆病な性格も加わり、余計に跳ね除けにくくなってしまったのだ。


「なぁ…もうちょっと加減をしてくれないか…」


「すんすん……うーん?嫌だった?嫌ならやめるけど…」


「いや、そんなんじゃなくてだな……匂いを嗅がれるのが無理って訳じゃないんだ。ただ、汗かいた状態だから恥ずかしいな、と」


感情が表立って出そうになっている口を手の甲で隠しながら答えれば、由美からは愛らしい罵倒が飛んできた。


それは良くないだとか、反則技にも程があるとか……。

祐二にとっては理解が追いついていないが、その中でも由美は動いていた。


汗による悪臭がたっぷりであろう服に擦り寄り、上機嫌に喉を鳴らしながら悶絶をする。

心の隅で器用だなと思いつつ、中心部分では、飼い猫のように甘えてくる恋人に考えがまとまってはいなかった。


音で涼しい気持ちになれるような風鈴のような速度ではなく、煩わしいとさえ感じてしまう蝉のようだと思ってしまう程、心臓はうるさった。


「ねぇ……一緒にお風呂とか、入らない」


「きゃっ……却下じゃいボケェ!!」


「なんでよっ!!私と祐二くん、シタ仲でしょうよ!」


「シタ仲言うな!」

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