第34話 擦りむいた痛みと勝利の美酒(笑)

「お疲れさーん!どうすか、勝利の気持ちは心地よかったか?」


「やめときなよ。陸、多分本人は気持ちよくなってない。悔しい気持ち、薄暗い気持ちでいっぱいなんじゃないかな」


「え?どうしてよ」


「……あの時、先輩は転んだ。倒れるのは俺の方が早くて、俺がゴールしたけど…あれはわざとだった。勝利を譲られたようなモンだよ、悔しい事にな」


昼時になり、裕二らのクラスは教室に戻っていた。


足の速さだけならピカイチとされていた二年三組に勝った事で周囲からは褒められているが、裕二個人の気持ちとしては、素直に受け入れる事ができない。


並走している時、裕二が吐いた確かな本音によって速度は緩やかになり、勝つ原因と至ってしまった。


負けず嫌いの裕二……そのくせ、勝利には拘ってしまう裕二……。

そんな裕二が、あの勝利を受け入れられる訳がなかった。


由美から狙うのを引いた、という解釈をすればありがたい事であるが、それでもと色々を思う感情が渦巻いていく。


諦めるにしても、もっと良い方法があったのではないか。

勝負を諦めなくとも、その後に告げれば良かったのではないか…。


終わった事であれど、心臓に襲いかかる感情はどうしても曇ってしまう。


「何はともあれ、お疲れ様。赤嶺くんから聞いたよ。随分と全力で走っているから何かと思えば、やっぱり私関連だったか。もう少し余裕持ちなよ、私は裕二くんのものなんだから。…とは言っても、無理かな?」


椅子に座り、モヤモヤと拗れる気持ちを胸に抱えていた裕二の頬に来たのは冷たい触感。


聞きなれた声と冷たさに後ろを振り向けば、苦笑いを浮かべていた由美がいた。


「なんで、知って……」


「そりゃ走っている最中にあんな大きな声で喋っていたら誰でも分かりますよ。私を思ってくれるのは良いけど、たまに周りも見てくれるかな。私がめっちゃ恥ずかしい気持ちになったよ…」


学校の自動販売機で買ってきたであろう水を裕二に押し付け、むくれ顔を披露する由美に対して、少しの反省を抱く。


言いたい事……本音を言い合って満足した気分になっていたが、周囲の事を考えてから言葉にするべきだった。


話の中心である由美の事を考えれば、勝利だけに熱中をしているべきだった。


この世の誰よりも好いており、愛している女性を渡さないと思って行動したつもりが、一周まわって迷惑をかけていた。


色々と初めての人という事はあれど、その空回りは擁護のしようがない。


自分のした行いに悶え、のたうち回りたくなってしまう。


「本当……よく言うよ。由美ちゃん、誰にも渡さないっていう独占欲を出された途端、情けない声出しながら喜んでたでしょ」


「ひえっ!?ち、違うけど!?わ、私はそんな事……少しはあるかも」


「ほらー!あるんじゃーん!」


「来た!理亜特有の告げ口攻撃だー!」


「黙らっしゃい!」


理亜の告げ口によって赤面をしている由美。

そんな理亜に対し、テンションの上がっている陸。

テンションの上がっている陸に叱り声を鳴らす理亜。

突然のカミングアウトに驚愕を隠せない裕二。

二つのカップルに呆れを隠す事なく外に出している冴と銀。


これが本当のカオスである。


…なので、とりあえず由美から貰い受けた水を飲む事から始めるとしよう。


「さてさて、落ち着こうじゃないか。金城さんと裕二の関係が辺りに浸透し始めてきた。良いねえ、面白そうに……邪魔する人とかと少なそうになってきそうだな!」


「今更取り繕うとしても遅いんだが」


愉悦を隠し切れていない陸に眉間に皺を寄せながら返答を返せば、大笑いが来る。


頭部をアイアンクローしてやろうか……そう思ってしまう振る舞いであった。


「陸の言い方は悪いが…状況は良くなってきていると思うぞ。雨宮にゾッコンと言えども、二、三年生はそれを知らない。一年生だけだ。それが今回の体育祭を通し、理解されるようになってきた。金城を狙う人はだいぶ少なくなるだろ」


「おぉ!さすが冴!俺のフォローをしてくれるかー!」


「勘違いすんな、バカタレ」


陸の言葉を援護するような言葉に本人は満面の笑みを浮かべるが、冴はそれを即刻否定する。


しょんぼりとする姿に心の中でサムズアップしたのは内緒である。


「発端はどうあれ、結果はいい方向に転がりました。すっとんこっとんってね!だから許してあげよう、しんぜよう」


「…ありがとう」


「ううん。私も祐二くんに言われて嬉しかったよ。他の人は色々と思うのだけれど、私は真正面から言われるのが心地よかった。とは言っても、だからってバンバン言っちゃダメだよ?何か思われて、茶々を入れられるようになるのは嫌でしょ?」


自分だって相当な視線を喰らっただろうに、それすらも受け入れて許してくれる。


次は絶対気をつけようという決意と共に、その優しさによるむず痒さが全力で肌を襲ってきている。


あまりの痒さに下唇を噛むが、どうにもそれは収まりそうにはない。


「私、祐二くんとイチャイチャするのは好きだけど、頑張って抑えてね」


「あぁ、分かった。頑張って積極的に触れないようにする」


「ぁ……」


「ん?どうした?」


「いや…それは私が耐えれそうにないから、キスだけして良い?」


「由美さんやい……良いよ」

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