第33話 全力全開…心の底からの体育祭

「あ、由美ちゃん。今度は祐二が参加する競技、障害物競争があるよ。祐二って足が速いからねー。ボロ勝ちするのが見えちゃう」


「うん、それはそうなんだけどさ……ちょっと不安なんだよね。理亜ちゃんなら分かってくれるかなぁ……祐二くんって、変なところでポンコツ節を発揮しちゃうからさ」


露骨に「楽しみ」という感情を出す理亜に対し、由美は頬を掻きながら答えずらそうに返事をする。


返事の内容に一瞬戸惑いを見せたが、瞬時に声を挙げて納得を見せる。


その一連で友人からどう見られているのかがハッキリし、恋人として何とも言えない気分になる由美であった。


「まあ、ポンコツを発揮しないように祈っておこうよ。……あ、祐二達が見えてきた。ふふ、楽しみだねー……あれ?」


「祐二くん…何でそんなに本気になってるかなぁ?誰かを圧倒的な力の差で叩き潰そうとする気概がマックスに感じられるよ」


普段の祐二を知っている身からすれば、その立ち振る舞いは異常と言って支障のないレベルだ。


許さない、許せない、許してたまるものか……そんな怒気が十二分に感じられる姿。


何があったと言うのだろうか。

基本的に祐二が感情的になるのは少ない。

少なくともあるのが、幼少期からのトラウマ。そして、恋人である由美に対してだ。

由美を奪われる、もしくは害される。そのような言動や行動をした場合、即座に怒りが発生する。


しかし、今回の場合にそれが適用されるとは考える事ができない。

この体育祭には親との関わりもないし、由美を害するような発言を出す人は近くにいなかった。

恋人関係に無理やり介入するような者も一年生辺りにはいなかったはずだ。


ゆえに、由美は一つの結論をつけた。

ただ、友人などに火を付けられ、闘争心を燃やしているだけであると。


「だと、良いんだけどな」


己が出した結論すらも揺らがしてしまう……静かな懐疑心を添えて。


***


競技は段々と進んでいき、借り物競走が終わってから、祐二達の競技が開催される。


前の競技から続くグラウンドを走る音とスタートを意味するピストルが発射される音。


その一つ一つが出番の迫りを認識させていた。


「……」


暑い夏の中に珍しく吹く少し涼しい風が人の身を揺らし、ある一人の眼光を鋭く変化させていた。


ギラギラと宝石を見るカラスの瞳のように輝かせる祐二の姿…それにチームメイトは不安を感じられずはいられなかった。


そんな不安いざ知らず……祐二と先輩である鹿野慎二は闘争心を高めるのみであった。


「負ける準備しとけ。お前なんか、簡単に捻り潰してやるよ。お雑魚くん」


「そんなに言って良いんですかー?負けた時、一切の言い訳もできなくなりますけど」


「俺は負けない」


準備運動と言わんばかりに腕や足を伸ばしている祐二に話しかけてくる慎二。


言葉の節々に確かな煽りが見える。

あちらの思考には完璧勝利が見えているのだろうか。


ゆえに、煽って、煽って、煽って……その上で完璧勝利を加える事での屈辱敗北が目的なのかもしれない。


深く考えずとも透けてくるその思考に……祐二は口角が裂けるかもしれないと案じる程の狂気的な笑みを顔に浮かべる。


__良いぜ、お前がその狙いなら…


__正面衝突して全てをぶっ壊してやる


「鹿野さんっ!」


「おう、サンキュー!」


祐二と慎二の勝負の中、先にバトンが渡されたのは慎二だった。


目の前で繰り広げられる……どんどん引き離されていく光景。


それすら、祐二は絶望を零さない。

傲慢とさえ捉えてしまう程の……自分の能力に対して圧倒的な自信が存在していたから。


「悪いッ!少し遅れた!」


「いいや…問題ない。無事にバトンを届けてくれた。その時点で勝利は確定している」


祐二は長距離マラソンが苦手だ。運動をしている際、走りきれる体力温存を考えていなくてはならないから。


それゆえ、祐二はスポーツを選んだ事は一切もない。


たった一瞬で数々の思考を繰り返し、その工程すらも何度も繰り返す。

そんなスポーツが苦手であったから。


しかし、今回は違う。距離は長くない。時間も長くない。

全ての工程にリソースを割いたとしても、充分に対処できるのが現状だ。


「バカが…追いつけると思っているのか…」


「アホカス……追いつくんじゃねぇ。確定でぶち越すんだよ」


目の前に存在している障害物を飛び、潜り抜け、段々と距離を詰めていく。

砂が飛び散る音と共に、慎二の背中は近くなっていく。


「ふざけんな!お前どれだけ速いんだよ!一年生なのにとんでもない足してんなっ!」


「そりゃどうも、鍛えてるんで」


「あぁそう!だったら充分じゃなくて!?お前程の男なら女は擦り寄ってくるだろうがよ!」


「そんなもん知ってます。知ってるからこそ、譲りたくないんですよ!権威や金じゃない……初めて俺自身を見てくれたヤツだから…絶対に渡したくない!」


「そう、か。そう……なのか」


確かな感情と覇気がこもった言葉を聞いた慎二の足は少し止まる。


その足に比較的近くにいたかつ、重要な時にポンコツ節を発揮しそうと言われている祐二が引っかからない訳はなく。


引っかかり、砂のグラウンドに思いっきり顔面ダイブをした。


隣の慎二も引き連れ、ゴールと共に。

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