第31話 本番体育祭

「こりゃ凄い熱狂だな。少しうるさいぐらいだ。たかが体育祭でここまで盛り上がれるもんなのかね。俺にはあんまり分からんわ」


「そりゃこの学校は行事に力を入れている事で有名だからな。皆のテンションも鰻登りになるってもんよ」


「ふーん」


「そんな人達にも負けず劣らず……むしろ勝って見せるっていう闘志を持ち合わせているのが君だろ?雨宮」


超特級の盛り上がりを見せる体育祭会場にドライな風貌を見せる祐二であるが、その内心は銀によっていとも容易く見破られてしまった。


「当たり前だろ。負ける気なんて更々ない。同じ学年だろうが、先輩だろうが……全部勝ち抜いてみせる」


「人間側の猛獣だな、こりゃ。こんなハイスペック男子を相手にするなんて……先輩方も気の毒に」


「天竺…お前なぁ。人を猛獣呼ばわりするのは割りかし失礼だぞ」


「割りかしなんだな…」


***


「次の次お前じゃね?」


「あぁ、そうだな。そろそろ行くか」


「待てよ」


障害物競争……その種目に名前が上がっている祐二は頭にあるハキマチを強く結び、闘志と熱意を胸に抱いている時…その時に声はかかった。

「頑張れ」という応援の言葉をかけるにしては…随分と憎悪と悪意がこもっている。

その声がした方向に振り向けば、顔を思いっきり顰めた人がいた。


背丈から見て一年生ではないだろう。もしかしたら背の高い一年生かもしれないが…その線は低い。

会った事のある人は大抵覚えているのが祐二だ。

悪意と憎悪を向けているこの人間は見覚えがない。


「お前、障害物競争に出るらしいな。俺も障害物競争に出るんだ。だから、ハッキリさせてやるよ。どちらが金城ちゃんに相応しい彼氏なのかをな。お前を完膚なきまでに叩き潰し……金城ちゃんの彼氏という立場を奪ってやる」


誰がどう聞いても理解できる…強奪宣言。

人の彼女を奪い取る行動を示唆する言動。それに彼氏が悪いという正当性はなく、由美が好き…その好意に思うエゴで奪おうとする利己的感情のみであった。


ポーカーフェイスが得意になった祐二であっても、口に出ないのは不可能だった。


「先輩、なんですかね。あなた、相当的外れな事を言っている自覚あります?由美の隣に立てぬよう、プライドをボロボロにへし折ってやる……そういう事なら分かりますよ。けど、奪い取ってやる?何の権限を持って言っているのかですか。選ぶのは由美であり、他の誰かが勝手に口出しをする話じゃない」


「自分本位で物事を語らないのをお勧めしますよ。一般的に……自分の意見をあーだこーだと言って、他の人の意見を跳ね除けようとする。その姿勢は好まれませんよ?もちろん、由美もそうです。女性に好意を持たれたいのなら、自分の姿を客観視するのが大切です」


「黙れ!お前に金城ちゃんの何が分かる!?」


胸ぐらを掴み、激怒の感情を思いっきり言葉に出し、怒鳴る。

その様子に周囲は蠢き出し、スーパースターがいるかのように瞳は一つを見つめる。

その状況をまずいと感じたらしい。掴んでいた胸ぐらを離し、一目散に消えてしまった。


度胸がないならしなければ良いものを……と心の中で毒を吐きつつ、掴まれた部分の服をはたく。


しかし、心にこもった感情は……あの身勝手極まりない言動に対して抱く感情ははたけるモノではないらしい。

比喩で例えるとするならば、その感情の温度は地獄の釜であった。

グツグツと鳴り、周囲に伝播する程の強烈しか言いようがない悪感情の熱。


「いやー、嵐みたいな先輩だったな。言動も行動もメチャクチャ。帯を見るに…あの人生徒会の人間だろ。いやー、あんなにイカれていても生徒会になれるなんてビックリ満点!」


言葉の内容としては明るく喋っているが、その全てに感情がこもってはいなかった。

強いて言うとしたら……こもっているのは噛み砕いても噛み砕いても無くなる事はない憎悪だろうか。


「はは、ははは……潰す。絶対に潰す。確定で潰す。全力で潰す。容赦はない、慈悲もない。俺の全ての力を以て……アイツの存在を徹底的に噛み殺してやる」


歯をギリギリと鳴らしつつ、悪感情という真っ黒に染められた目をして歩いていく。

完膚なきまでに叩きのめす為に。


***


そのような視線を持って歩き出した祐二を横目に、三人は先ほどの生徒会の人間の事を話していた。


「うーん…バカ!」


「部活の先輩からだが…仲良いのは上の学年も知っていると言っていたぞ」


「普段からイチャイチャオーラ出してるバカップルに突っ込むと痛い目を見るって知らないんだろうなぁ。だから蹂躙されるんだよ」


三人が口に出す言葉はバラバラだが、その言葉の芯に抱いているのは罵倒。

邪魔者になるとどうして分からないのか。一般的常識で考えれば、恋人の中に突っ込むのは嫌悪されるはずだ。

あまりの大きすぎる感情の起伏に常識に目を当てられなくなったのだろうか。


起こった事実に対しての真実がどうだったとしても……三人が抱いた感情は払拭される事のない代物になってしまった。


「ねぇ…陸。雨宮って大丈夫かな。一年生の中では優れているとしても、二年生に勝てるかな」


「アイツは変なところでポンコツ発揮したりドジやらかしたりする事があるが……結構強いぞ?」

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