第30話 定期テストに向けての勉強は成り立ちません

「……」


祐二宅にて…祐二と由美が二人で勉強会を開いていた。

体育祭を終わった翌日には定期テストがある、という理由から開催された勉強会である。

もっとも、その理由で真面目に取り組んでいるのは由美だけであるのだが。

祐二は授業さえ聞いていれば大体の話は入ってくるというハイスペ男子であり、普段から参考書を解いているから、が理由として上がるだろう。


ゆえに、今の祐二のお仕事は真剣に勉強を行っている由美を眺める事である。

愛らしい彼女を眺めよう……そんな思考からの視線に気にする事なく、カリカリとシャーペンの芯で紙を引っ掻く音を空間に響かせる。

いや、気にしてはいるのだろう。最初は普段と変わりなかった耳が段々と赤く移り変わってきているのだから。


何故見ているのだろうか。定期テストに向けての勉強に集中したい。そんな二つの気持ちに挟まれながら勉強をしている由美を微笑ましく思ってしまう。

そう思う感情がバレてしまったのだろうか。由美の体はソワソワと動き出してしまった。


この様子を見るに、観察をやめて休憩に乗り出した方が良いだろう。


座っていた椅子から立ち、コーヒーミルでコーヒー豆を挽く。

豆を砕く音が鳴り、コーヒー豆の匂いが空間に漂っていく。

手動のコーヒーミルは面倒であるが、その分挽いている時の幸福感がある。

だからこそ、コーヒーを作る時はコーヒー豆をコーヒーミルで挽いてしまう。


静かに喉を鳴らしつつ、完成したコーヒーをコップに注ぎ、机へ置く。


「一旦休憩しようぜ?さっきから二時間もぶっ通しだやってるんだからさ。頑張るのは良いけど、やり過ぎは良くないぞ。休んでおかないと、頭に入ってこないぞー?」


「ありがと…ふー、おいし」


「一応砂糖は小さじ二杯ぐらい入れたんだが…もう少し甘さはいるか?ポーションミルクとかあるぞ」


「うへへぇ、祐二くんは分かってますなぁ。私の事をパーフェクト理解してる。最高の彼氏くんだよ」


「そりゃどうも」


顔を恍惚させながらコーヒーを飲む由美。その光景を瞳に映してしまったが為、自然とコップの持ち手に力がこもってしまう。

最高過ぎる言葉、心、感情。ポーカーフェイスを貫いてはいるが、最上の三つに内心で悶えてしまうのは言うまでもない。


勉強会を開いた過去の自分にサムズアップをしながらコーヒーを飲む準備を始める。

ブラックでは飲めたモノではないので、角砂糖を少々の数入れる。

そのコーヒーを口に入れれば、旨味が入ってくる。選んだコーヒー豆は正解だったと歓喜しつつも、襲ってくる苦味に後悔をする。

熱いコーヒーの中で結構な時間混ぜたと思っていたが、まだ苦い。


混ぜる時間が足りなかったのか、それとも砂糖の数がそもそも足りなかったのか。


「うげぇ…よくそんなに入れるよね。角砂糖、粉砂糖、ポーションミルク…コーヒーを甘くする三大巨頭を入れてまだ苦いと申すか。君はハイスペック男子という称号を手に入れる代わりに甘党へと変質したのか。私が言えた事じゃないけど…糖尿病なるよ?」


「……苦いコーヒーが悪い」


「祐二くん、君はポーカーフェイスや嘘が得意なのにどうしてしょうもない嘘は下手なんだね。話題の展開方法が悪いよ。ぶっちゃけ言ってバカだよ、アホだよ」


「そんな俺でも好きですか?」


「だーかーら。話を下手に持っていかないの。それに…そんな事言われたらさ……好きと言わない選択肢が無くなっちゃうでしょ。おバカさん」


頬を膨らませ、不満の言葉を口に出しながら額を突いてくる由美。

そう言ってくれる事を見越しての言葉ではあったが、やはり好きと言われるのは嬉しいものがある。


その感情が顔にまで現れてしまったらしい。

更に不満そうに顔を顰めた由美が頬をつねる。少しの痛みが発生するが、まあまあ当然の結果なので納得し、受け入れる。


「…全く、困ったちゃんですね。もう少し仕置きを喰らわせてあげたいよ。しーかーし、私の不満攻撃はこれにて終わります。私のお慈悲に感謝に咽び泣くと良いよ」


「うーん、考えとく」


「その答えがくると思ったよ。……そういえばだけどさ、どうして見てくるの?祐二くんだって勉強あるんじゃないですかー?」


「日頃から授業と勉強してたら事足りるしね。この勉強会を開いたのだって、由美が真剣に取り組む姿を見たかったからに他ならない。まあ、分からない所があれば教えるつもりではあったけどな」


想定していたよりも幾分か優秀な人であった為、内容を教える出番などなかったのだが。

それゆえ、勉強会をしたい理由は由美を見たいからに絞られてしまった。

その言動に由美は心底呆れたようなジト目を向ける。


そして、その後に「しょうがないな」と言葉を吐きながらため息をつくのがワンセットであった。


「私は真剣に勉強しに来たんだけどな。祐二くんは私を堪能する気しか無かったみたい。あーあー、悲しいなー」


「それはごめんね。俺はいつでも由美を優先しちゃう生き物だから」


「本当にもう…」


「…そういえばさ、聞きたい事あるんだよ。勉強を真剣に取り組もうとして来たんだよね。なら、ミニスカートで来るのはお門違いじゃなくて?本当は俺にかまって欲しかったんじゃないの?それとも、本当に勉強しに来ただけ?」


「…うる、さい、よ」


「ごめんなさいね。気になっちゃってさ」


「ダメ。罰として私を…構いなさい…」

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