第29話 理由もないイチャつきが一番良いってハッキリ分かんだね

「…お疲れ?」


「お疲れ!!」


今日は由美が放課後に予定があるという事で先に帰っていた祐二の目の前には、予定から帰ってきた疲労満点の由美であった。

体育祭の配置決めなどだと言っていたが、この様子であれば、体育祭の練習もしてきたのだろうか。

運動があまり得意ではない由美からしてみたら大変だったろう。


「うぅー、むりー!最初は配置とかだけって聞いたのに。練習なんて聞いてませんけどー!」


「ははは…とりあえずご飯食べる?」


「ご飯も食べたいけど……今はこれ」


頭を撫でていた手を優しく弾かれ、由美の体は祐二の胸の中に突っ込んでいった。

普段から甘える事の多い人間が由美であるが、ここまで積極的な甘えを比較的珍しい。

それ程までに疲れる出来事だったのだな、と思いつつ。ならば特段と甘やかそうと思い、優しい抱擁を出す。


その抱擁に受け入れられたと察したのか、背中に回す腕の力が増す。


「祐二くん……良い匂い、良い体…」


「……いきなり変態チックな言葉を発された俺の気持ちを答えてくれるとありがたいな。100文字以上1000文字以下で」


「んもう。それって過去の私が祐二くんに出したヤツでしょ?懐かしいね、何年前だっけ」


「そこまで経ってないけど。俺達が出会ったのは6月の最初で今が7月の最初。今が7月の6日になりますから…もう少しで一ヶ月半ぐらいか?」


「え」


時間感覚がバグっているようだ。約一ヶ月半が何年にも感じられる程度には。

そんな内心で酷評を出している祐二であるが、完全に分からない訳ではない。

出会った次の日には相合傘をし、次の日には晩御飯を一緒に食べた。その次の日には学校に行く前に弁当を渡しに。


毎日欠かさず会っており、晩御飯を一緒に食べた次の日には晩御飯を一緒に食べるのが日常となっていた。

高校生のカップルにしては異常であり、故に体感時間も色々とおかしくなっているのだ。

イチャイチャに関しても、仲良くなり始めれば、しない日など無かった。その諸々も関係しているのだろう。


「じゃ、じゃあさ……私達一ヶ月半で付き合ったの?」


「正確に言うのなら、付き合うまでの時間は一ヶ月だな」


「私達が付き合うまでの期間、短すぎ……?」


「まあ、他人は短いって言うんじゃねーの?あっち側の普通は1年かかったり、2年かかったり、3年かかったり……年単位はかかるモンらしいし。でも、俺達にとっては十分だったって思う。その人の性を知らなくて、知った瞬間別れるとか言うけど…半ば同棲してるみたいなもんだし…」


学校が終わり、自分の家に行ってから祐二の家に行く時もあるが、それは本当に稀な時である。

何かをおめかしして来る時ぐらいであり、デート前以外やイベント前は学校の制服の状態で祐二の家に来るのだ。

その要因は、祐二の家に由美の服があるのが原因だろう。


そんな関係であるがゆえ、一ヶ月はその人を知るには十分な時間であった。


「うーん、よくよく考えれば特殊な関係だったのか。純白のような普遍的友人関係だと認識していたのだけれど」


「どこがだよ。一体どの地域に毎晩夕ご飯を集りに行く普通の友人がいるんすかねぇ。最初から気がつきなさいよ。最初の頃はしっかりしてたでしょ」


「いやいやいや、舐めないでよ。多分だけど、最初は少しおかしい関係だと認識していた…と思う。でもね、毎日続きすぎて慣れちゃったよね。その要因には、祐二くんが心許しすぎ問題と料理美味しすぎ問題があると思うのですよ」


「なるほどね、俺に掴まれてしまった訳ですか。胃袋も心も。本当、俺からもう離れられないね。もし何かあって別れたらどうなるんだろうな」


「それ、ないでしょ。私が掴まれている心と同じくらい、祐二くんの心も私は掴んでいるんだよ?もしそうなったとして、祐二くんは離れられないでしょ。強い力で私を止めてくる祐二くんが見えるな」


茶化しのつもりで入れた言葉だったのだが、頬を赤ながら綴った言葉に何倍もして返される。

自分自身でさえその姿が見えるのだから、愛を一人で受けている由美にとっては容易に想像できる内容だ。


絶対に逃さない…そんな執着の愛情を理解され、受け入れらているからこその言葉。

その事実、その現実。微妙な気恥ずかしさが湧いてきてしまう。

いつまで経っても愛をぶつけられるのは慣れないらしい。


「まあ、だからと言って……現状に甘えるつもりはないけどね。祐二くん、好きだよ」


「これまた…急ですね…」


「祐二くんも知っているんじゃないですかー?今に甘えて、感情を何もかも口にしなかったとしたら。その未来に待っているのは関係の老朽化。いつかは喧嘩になって崩れ去ってしまう。そんなの、私は嫌だよ。世界は良いことばかり続かないと言うけど、私は続かないと嫌だよ。だから言葉にする」


埋めていた胸から起き上がり、頬を手に添える由美。

どこか優しい笑みを浮かべつつ、瞳を真っ直ぐに見る。それは、黒曜石を思わせる程の純黒の宝石は、どこか期待を孕んでおり…出会ってからずっと祐二を見てきた恋人の視線だった。


「俺も、好きだよ。由美の事、愛してる」


「あー!愛してる先取られた!私が先に取りたかったのに」


「ふふん。早い者勝ちだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る