第26話 父親との対談

「帰ってきたか、裕二」


「えぇ、帰りました。黎人様」


感情が何一つもこもっていない「おかえり」の言葉に同じくして冷たい言葉を吐き、隠す事もなく嫌悪の表情を浮かばせる。

それに黎人はウンザリしたような顔を浮かばせるが、浮かばせたいのはこちらである。


「順次くんから聞いた。裕二、お前は同じ学校の子と付き合い始めたようだな。親の職はどれだ。知らないの奈良といただすが良い。次期社長なのだから、適した付き合いをするべきだぞ」


「お断りさせていただきます」


威圧を節々に含みながら言葉を断る。何の躊躇いもなく、それが当たり前だと口にしているように自然の流れで否定する。

それによって黎人は不機嫌に突入しているが、裕二にとっては気にする内容ではない。

怖がり、ご機嫌取りをしていた子供ではない。今は、一人の人間として会いにきたのだ。


完全に立ち上がり、トラウマを完全に克服する為に会いにきたのだ。

ここを乗り越える覚悟はあれど、目の前に恐怖するような精神は持ち合わせていない。


その心から、恐る姿勢を見せずに出されたお茶を飲めば、目の前にあった机が大きく揺れる。

裕二が幼少期の頃から存在していた黎人の悪癖だ。己の思い通りの事が進まないならば、すぐに物に当たり、人を思い通りに捻じ曲げようとする。

仕事としては秀でていても、人間性が秀でていない事はある。社会的地位と家族としての性格は共存しないと学んだ一つの例であった。


「話の途中に腰を上げ、相手を動揺とさせるような物理的要因ははしたないモノだと存じておりましたが…黎人様はその知識がないようで。お金に溢れ、幼少期の頃から教養を万斛のように経験してきた富裕層でなくとも、その知識は身についておりますが。どうやら、大事な知識が足りないようで」


温かいお茶を飲み終えた後、煽り言葉を発せれば、黎人の顔はヤカンのように沸騰し出した。

自分の半分を生きていない若造に対してよく怒れるな、と心の中で罵倒をしつつ、父親を見る。

もしかしたら、自分の半分を生きていない若人だから怒っているかもしれないと思考の端に入れながら。


「お前はっ!私達の子供なのだから、私達の言う通りに生きていれば良いんだ!私が別れろと言ったら別れろ。私が聞いてこいと言ったら聞いてこい!」


「自分勝手のエゴに溢れた言葉ですね。いえ…それ以上でしょうか。黎人様、あなたは私に関わってきましたか?関わってきてその言葉を吐くのなら、黎人様なりの愛情なのでしょう。しかし、関わってませんよね。客観的に見てもそうです。親子とは、命令ができる関係ではございませんよ?」


お茶が注がれている陶器に自然と力が入り、言葉にも毒素が段々と出現していく。

由美という人間によって息が吸えるようになってきたとは言え、幼い頃から積もりに積もった怨みの白雪が完全に溶かされた訳ではない。


ゆえに、黎人に最大の仕返しをするとしよう。


「黎人様、最初に私の意見を言っておきましょうか。私は……いや、俺はアンタを継ぐ気もねぇし、由美と別れるつもりもない。そして、高校生活が終わったら絶縁してもらうつもりでもある」


「なっ!?お前、言葉の意味が本当に分かっているのか!それは、甘い汁を吸えなくなるという事なのだぞっ!?社長の御曹司が、今更一般人として歩めるか。歩めてたまるものか!将来の計画も資金もないお前が生きていける世界ではないぞ!」


「舐めんなよ。俺は昔から考えていた。アンタから離れ、自分として生きられる世界を探していた。その為には、方法を探しまくった。周りの子供達が持っているゲームを我慢してまでやった。親の鎖から解放されるのが一番欲しかったかから」


助かったのは、社長の子息であるから小遣いが多かった事。そして、お世話係として雇われた人が話し相手になってくれたので、暇になる事もなかった。

だから、この歳になるまで丁寧に作戦作りと資金集めをする事ができた。


恨んでいた環境が、その環境を抜け出す助けになる。憎むと同時に感謝する事になる事実に、微妙な感情を抱いたのは記憶に新しい。


「親父、アンタは仕事では有能だろうが。そんなアンタの後釜になりたい奴は一定数いるだろ。そんなアンタが俺を離れる事を嫌悪する理由を当ててやるよ。血に拘ってんだろ。自分の後を継ぐなら、自分の血が通った操り人形になって欲しいと願っている。仕事にまでエゴを持ち出しやがって。世界は、お前の思い通りに動いてるんじゃねーんだよっ!」


あまりの変容加減に呆けた顔をしてこちらを見る黎人に対して舌打ちをしつつ、体を回転する。

これ以上の会話は無駄と判断した為だ。

そんな帰る裕二に手を伸ばそうとする黎人であるが、その手が届く事はない。からぶっただけであり、それは空気以外の何も掴む事はなかった。


その現実に、その事実に。黎人の内心には後悔が浮かんでいた。やり直せれたらと思ったが、その時すでに気持ちが空を切ってたとは、黎人は知らない。


「あー、由美と会って癒されたい」

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