第25話 抱き抱えられる私の気持ち

雨宮祐二。その男は、金城由美の恋人である。

恋人になる前からもスキンシップはまあまあ激しく、恋情的に好きを抱いている相手ならば、それ相応の対応をしてくると由美界隈では有名だ。

そんなスキンシップ……それで最もされるのが多いのは抱きつく事。


ソファに座っている時や驚かそうと後ろから抱きついている時。かなりの確率で、アクションを起こす時は抱きついてきている。

それだけならまだ許容範囲内であるものの、そこから更に発展してアクションを起こす事がある。

後ろから抱きついている状態で頭を撫でたり、後頭部にキスをしたり。

触りやすい頭にアクションをするのだ。


恋人になってからはキス魔を疑う程、頭部に唇を落としてくる。

テレビに集中している間にも、ある間隔でキスをする……つまり無意識にするので、こっちが悶えているのも知りはしない。

つまり、許容量を超える内容を一定間隔で落としてくるので、由美にとっては地獄であるし天国であるのだ。


「裕二くん、そろそろキス禁止にして良い?」


「うーん?どうして?」


「どうしてって……私はテレビを見たいのに、裕二くんが邪魔するからだよ」


「あー、そっか。じゃあ離れる?見たい物を見れないのは辛いもんね…」


「そっ、それは…。そこまで言っていないと言いますか」


「ねぇ、それはどういう事なのかな?」


言葉によって心も体も踊らされている感覚がする。猫の顎を撫でるように、自分の手の届く範囲で転がし、それの結果を微笑ましそうに見ている。

そのような、揶揄いが多大に含まれている言葉に対して少々の拗ねを見せれば、それすらも愛おしそうに愛でるのだ。


「ばーか!ばーかっ!裕二くんのばーかっ!揶揄いが好きなんて良い趣味してますねー!」


「ありがと」


「褒めてないですー。貶してるんですー。裕二くんの頭は変換で出来ているんですかー!」


「はは、ごめんごめん。それで?結局離れるのか?」


頭を撫でるのを辞めた裕二は、頬を撫でながら静かにこちらの瞳を見る。

どちらを選んでも、由美の意見を尊重すると言わんばかりの視線。優しく、穏やかで、心のありとあらゆるところが浮き上がるような、そんな視線。

答えなど、分かりきっているのだろうに。


噛みきれない感情を自覚しつつ、由美は頬に色を付け加えながら後ろに倒す。

支えている裕二には、抱いている感情も出している表情も丸分かりだと知って、少々の羞恥心が沸く。

そんな羞恥を抱いた由美すらも丸々愛してくれる姿。それに少しの恍惚が浮かんでも致し方のない事である。


「離れたくないに決まってるでしょ」


「はいはい、甘えん坊だねー。ヨシヨシしてあげよっか?」


「既にしているくせして何を言っているんだか」


「いや?」


「全然嫌じゃない。むしろ、大好き。裕二くんの手は暖かくて、絶対に優しくしようっていう決意もこもってて、愛を実感できるから。私、裕二くんの手のひらは好きだよ」


「そっか」


気恥ずかしさも混ざった言葉に裕二も照れつつ返事をする。ほのかに暖かく火照った頬の温度に対して満足げに笑いつつ、再度頭部を胸に傾ける。

その行為に何かを言う訳ではなく、裕二は静かに受け入れる。

それが空気に落ち着かせるものを作り上げ、言葉を発せずとも居心地の良いものが体を覆い尽くす。


最高の居心地に追い風を吹かせるようなそれに身を任せていれば、鼻腔からは匂いが流れ、入ってくる。

触れ合う歴史がまあまあ長いからこその由美だから分かる。

この匂いは確かに裕二のものであると。


「えへへ、裕二くん、すきぃ」


「ありがとう。俺も好きだよ、由美。愛してる。お前以外、俺の視界には存在しないくらいに愛してる」


「ここには私と裕二くんしか居ないもん。私以外が映っていたら正気を疑うところだったよ」


「じゃあ、認めてくれたか?俺が正気で由美の事を愛してるって。甘い言葉を本気で言って、本気で実行させようとしている事を」


由美の黒髪を持ち上げ、紳士のように真剣な熱意を持って言葉を送っている。

簡単に終わらせるつもりはない。そして、思い出として終わらせるつもりもない。

そういう決意を瞳にまとっていた。


その問いに対しての返事は知っているだろうに。由美がそのような質問に対し、どのような感じていたかを。


「知ってるよ」


付き合いが長引き始めて知った。目の前の人は、日常生活でどうでも良い嘘はたまに吐くような人であるが、重い場面で嘘は吐かない。

いつもだ。いつも、自分の感じた思いに対して真っ直ぐに従い、言葉をストレートに投げてくる。


そんな人間だから由美は惚れたし、人生を捧げたいとも感じた。

そして、あっちの人生を得たいとも。


裕二が愚直バカなのを知って、由美は惚れた。故に、知らないと思っていたであろう、アホ面を晒している裕二にお仕置きが必要だ。


体を反転させ、頬を思いっ切り擦る。


「私が、知らないと思っていたの。私が、知らずに付き合っていると思っていたの。私はね、そういうのを知ってるんだよ。知っているから、付き合ったんだよ。本気なのは裕二くんだけじゃない。私だってねぇ、高校生の恋愛で終わらせるつもりはないんだよっ!」


「由美……」


「わぁっ!急に抱きつくな、ビックリする!」


「知ってはいた。知ってはいたけど、本気で恋愛をしてくれるんだなって思ったら、涙が出てきて」


「涙は出てきてないでしょ。感極まって抱きついただけなのに。盛らないでよ」

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