第24話 気怠げな朝
去年よりも熱く滾っている夏。7月へと入り、セミも普段よりも早く鳴いている。
そんな日、お誕生日会とお泊まり会を同じ日にやっていた裕二と由美は……というと。
「ひゃー、動きたくないねー」
「動きたくないのは分かったからさ、さっさと退いてくれるかな。暑苦しいんですけど」
「そんな事言わないでくれ。俺は悲しくなる」
「私は裕二くんがずっと抱きついてくるから熱くなってくるよ」
エアコンをガンガンにして抱きつく裕二に対し、由美は静かなため息を寄せる。
昨夜のような神妙な顔つきはどこに行ったのかと問いただせる程の表情の変化に呆れを見せているのだ。
そんな呆れの中でも突き放さないのは、くだらない甘えを許せ心があるから。
シリアスの昨夜があったから、余計に。
「もう少しシャキッとしようよ。私の誕生日パーティで大変だったとは言え、このままじゃ生活リズムが狂っちゃう。ほーら、立ちなさい。チェーって立って、私に格好いいところ見せてよ」
「うぐぐ……しゃーなし。起きて料理を作ってあげますよ。その前に抱擁をさせてください」
「もーう。本当にしょうがない子だなあ」
最後の甘えの許可が出れば、両手は寝そべっていた隣の人の腰と背中に回っていく。
体を合わせれば次第に伝わってくる温度に心も体を癒され、頑張ろうと意思が湧いてくる。
元気を出す最後の一工程として、額にキスを降らせる。
たったそれだけで完全な笑顔になった祐二。
そして、その行為によってほんのりと赤面を映してしまった由美。
そこまでは許してない、と言わんばかりの視線ではあるが、そんなものは意識の外に追いやるとしよう。
***
「祐二くんさあ……」
「黙らっしゃい」
「私、なんにも言ってませんけどー!被害妄想良くないと思うなー!」
「絶対余計な事言うだろ」
「ははーん!私はそんな事言わないもんね!ただ、『テレビじゃなくて私に集中してるんだね!』って言うつもりだっただけだよっ!」
「そーれーが!余計なんですー!」
朝食を食べ終え、自由時間タイムとなった二人はテレビを見ていた。見ていたのだが、由美はニマニマしながら言葉を挟んだ為、行動を起こさずはいられない。
感情のままに行動し、頬をまあまあの力を入れてつねる。
「いーひゃーい!やめへよー!」
「ぁ、ごめん。そんなに強くつねっちゃったか。本当ごめん、以後気をつける」
「え、全然。裕二くんが私に触れる時って大体優しいもん。今だってそうだよ?私に対して振るうパワーなんてたかが知れてるよ」
やれやれ、と言いたげなジェスチャーをするが、その瞳にはたっぷりの感謝が詰まっていた。
自分に愛を与えてくれた事か。自分の存在を受け入れてくれた事か。
祐二にはそのどちらかなのか分からない。もしかしたら、そのどちらかでも無いのかもしれない。
しかし、ただ一つ確定している事がある。
純粋に、純真に。そう思ってくれる心を受け止め切れる器は祐二には無かったという事。
「いえーい、照れてんねー!」
「そりゃそうだろ。あんな事あって、意識しない方が無理と言いますか。無理に排除しようとすれば余計に浮かぶと言いますか」
「へー?……!このアホっ!バカっ!ハレンチ系祐二くんっ!」
「ハレンチ系祐二くんって何だよ……」
意味の分からない言葉を発した由美に対して頬をポリポリと掻きつつ、感情の暴走で脊髄によって喋ってそうな隣の人を止める。
頬に浮かんだ赤色を静かに落としながら、落ち着かせるように頭を撫でる。
自分よりも大変な人を見ると落ち着くとはこの事を言うのだろう。
撫でていれば、次第に熱は溶けてきた。
「祐二くん、君はやり手だね…。まさか私が揶揄おうとした手札よりも強力なカウンターカードを持ち合わせていたとは。ぐぬぬ、だよ」
「何を偉そうに言ってんだか。要するに自分が攻撃型のカードを持っていると勘違いし、なんの警戒もせずに敵陣地に行って返り討ちあったバカだろうに」
「はー!?祐二くんが言っちゃいけない事言いましたー!慰めてくださいー!」
「はいはい、落ち着こうな。ひっひっふー」
突然可愛らしい矛を向け、その証拠として頬を膨らませている由美を落ち着かせる。
本気で怒っていない怒りは、頬をスリスリすれば終わるのだから、可愛らしいものだ。
戯れあいを基本とした怒りの為、それは当たり前なのだろうが。
「……祐二くん、なんですか。その顔は」
「うーん?悪いけど、なんの事だか分からないや」
「いーや、思ってるね。どーせ、こんなんでデレるなんてチョロいとか思ってんでしょっ!」
「本気で思ってない事をよくも言葉として綴れるな…。俺はただ、俺だけにしか見せない甘えの姿勢を出してくる、最高としかいえない彼女にまた惚れてるだけだよ」
「やっぱりね。そう思ってると思ったよ。裕二くんはそういう人間だからね」
「うーむ、分かられてますねぇ。まあ……ちょっとごめんね。少し嘘ついたのは」
デレデレとした由美が目の前にいたからか、顔にも感情が出てしまっていたらしい。
ちょっとの矜持が率先され、面白くもない嘘を吐いたのを謝りつつ、謝罪の証として頭部にキスを落とす。
それだけで容易に沸騰をする由美を面白おかしく見つめる。
_昨夜はもっと激しい事をした癖に
そんな余計な思考を詰め込みながら。
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