恋人編

第23話 暗闇照らす月光、それに対して洩らす一言 ※性描写を示唆するシーンがあるのでご注意を

「月に叢雲花に風」


「ふふっ。こんなに綺麗な月であろうとも、いつかは叢雲がさして見えなくなってしまう。花であろうとも同じだ。いつかは美しい花弁が風によって無惨にも散らされてしまう。ようやく完成したこの幸せも、未来のどこかで消え去ってしまうのかもしれない」


誕生日パーティを終え、静かな一時となった夜に対し、裕二は言葉を漏らす。

月明かりが照らす周囲を窓越しで見ながら。


『なにいきなり呟いてんだよ。勝手に電話して、勝手に喋って。変なテンションになってるだろ。教祖様よ…』


「あまり冷たい事を言わないでくれ。久しぶりの心から喜べる成功体験なんだ。順次にも協力してもらったし、喜びは協力したいだろ?」


『俺は徹夜が長続きした影響でさっさと休みたいんだけど』


「安心しろ、俺も眠い」


『じゃあ寝ろよ』


眠いと体は思っていても、心が体を寝かせてはくれないのだ。

初恋であり、初めての恋人であり、恩人である。そんな人が己の手元にやって来たのだ。平常心になり、冷静の行動を起こせという方が無茶な話だ。


それにだ。幸せというのは、誰かに分かち合いたいもの。

協力してくれた人がいるならば、その思いは更に肥大化してくるというものだろう。


『遠足前の子供ミテェな教祖』


「悪いか?」


『いいや?子供らしい一面なんか中々見せてこなかったから、微笑ましいものとして見させていただいてますよ』


その言葉に思春期らしい微妙な感情を抱きつつも、ノーコメントを貫き通す。

手元にあった水が注がれたグラスを飲み、喉元にまででかかった熱い言葉を流し込んで。


それに電話越しで反応する事もせず、両者は無言を通していた。

発生する音など、机を叩く指の音と…電話越しに飲みものを注ぐ音のみだけであった。

そのような空間に気まずいなどは思いはしない。ただ、ただひたすらに心地が良かった。


『坊ちゃん……あなたはどうしますか。あの子、金城由美を本当のパートナーにするつもりですか?お父様には拒否をされる、それは分かっているでしょう』


「分かっているさ。どれだけ親父を見てきたと思っている。自分の望まない展開を拒否する性格なのは当然の如くご存じだぜ?その上でだ。その上で、俺は金城由美を選んだんだ。人生という、人間の劇の幕を下ろすまでな」


『はぁ……オーケー。あの人に伝えとくよ』


「悪いな。心労ばっか掛けて」


『構わねえよ。坊ちゃんが俺達に押し付けられた時、俺達は構わなかった。自分達の都合にかまけて、対応しなかったんだ。俺達に100非はある。それが少しでも返せるというのなら、喜んでやってやるさ』


疲れているにも関わらず、自身の為に動いてくれる順次に感謝をしつつ、通話が切れたスマホを見る。

明日か明後日。そのどちらかに父親からの電話はかかってくるであろう。

もしかしたら、後回しにしてもっと遅くなるかもしれない。


その可能性へと直面した思考はぐるぐると掻き乱されたモノを感じてしまう。

否定したくとも、体験してきた経験が「全然あり得る」と言っているのが悲しいポイント。


「祐二くん…大丈夫なの…?」


「由美か。起こしちゃったか?」


「ううん、大丈夫。ちょっと水が飲みたいなって起きてきただけ。起きてから大分時間が経っちゃったから目が覚めちゃったけど」


苦笑いを浮かべつつ、隣へと座る由実。

それに対して、苦虫を噛み潰したような顔を表に出してしまうのは不可抗力であった。

その表情に焦った感情で頭を撫でてくる隣の姿に余計思い詰めてしまうモノがある。


「悪いな…。不安にさせただろ」


「だーかーらー!そんな顔しないでよっ!祐二くんが私の事を考えてくれたのは分かってるから。そんな顔されたら、私まで苦しくなっちゃうんだよ?」


「ぁ、ごめ…」


「ごめんは要らないよ。ごめんなんて言ったら、祐二くんが苦しくなっちゃうでしょ。だからさ、今は気にしないでくれるとありがたいかな。その代わりに、私にキスしよ?嬉しい事あれば、苦しい事は少しは忘れるでしょ?ほれほれー!しよーよー!」


思い詰めて、隠し通そうとすればいつも見破られてしまう。

普段イチャイチャしている時は気がついていないくせして、重要な場面では的確な見破り方をするのだ。

この少女は、どうしようもない人間への扱い方を知っている。


そのような不安定な考えすら、金城由美という女性の前では溶かされそうな気がしてしまう。

そんな甘えを許す者だからこそ、抜け出せる事のない泥沼まで惚れてしまっている。


「んー、慎重でしたねー。男ならもう少しガッツキを見せるものだと思うけど…私を傷つけたくないという意思がバンバン感じられたよ」


「悪いか?」


「全然。私は祐二くんのそういうところも好きになったもん。弱気になるところ、たまに強きになるところ、関係性に自信ができてきたらバフがかかるところ。そういう、不安定な祐二くん。私は結構好きだよー?」


その時その時が最高だと思っていても、由美は最高を更新し続ける者。

あまりの心にクル言葉は、心臓へ刺突を向けていた。

父親関連が高かったのも関係しているのか、ポーカーフェイスは間に合わず、赤面をしてしまう。

そんな祐二に対して上機嫌に鼻歌を鳴らす由美は、足を絡ませる。


柔らかい感触が直に伝わってくるのだ。辞めてほしいところではある。


「祐二くんってさ、色々と迷っちゃう人だろうから言っとく。私は祐二くんを逃すつもりはないよ。逃げても追いかける。どれ程の時間が掛かっても諦める事はないからさ」


「…ありがと」


「うんうん、分かれば良いのです。…あ、そういえば聞きたい事があったんだった。私、誕生日プレゼントに祐二くんが欲しいって言ったよね?あれ、関係だけじゃなくて、ね?」


「いやいやいや、待ってください。待ってください由美さん。付き合った当日にスるのはハレンチ過ぎませんか?それにですよ。装備も何もないのは非常にまず…」


「あるよ?」


「ァ、ハイ。お手柔らかにお願いします…」

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