第19話 たまにはこっちがドカンと甘やかしたいよねって話

「……」


「……」


「……」


「…器用だね」


「何がだ?」


「本を読みながら私の頭を撫でている手に言っているんだよ。それ、中々できないでしょ。マルチスキルというか、二つを同じくらい集中して取り組めるのは、あまりできる人がいない技能なんだけど」


「ふーん、そっか」


「そっかって…」


呆れたように見る由美であるが、裕二が最高を得るにはこれしかないのだ。

本を読みたい。由美も堪能したい。その二つを共に体験するとならば、マルチスキルが必須技能として必要される。

ゆえに獲得するしかなかった。ただそれだけであった。


「この欲張りやさんめ。片方を堪能してからもう片方も堪能すれば良いだけの話しでしょう」


「由美とはできるだけ関わっていきたいからね。ちょっとの時間でも、由美と関われるのなら無駄にしたくない」


「この…おバカさん」


裕二に対して罵倒を送る由美であるが、それは形だけであるとすぐに理解できる。

ほんのりと桃色が頬に浮かび、顔は誰が見てもデレデレしていると分かる程にはにかんでいた。

その光景を見て、甘くなるなは無茶な話。砂糖を溶かし、蜂蜜を混ぜたように甘く変色した祐二は、由美を抱きしめる。


なんの許可もなく抱きしめた事に恨みがましい瞳で見てくるが、それも一瞬によるものでしかない。

変色した祐二に影響され、由美もその状況を堪能するように変色してしまっていた。

その景色はまるで…理想を語る泥沼のように美しかった。


「最近祐二くんの攻めが激しい気がします。私だって裕二くんを攻めたいんですけど!私にもターンが欲しいよ!」


「散々攻めましたよね。あの時は全然俺にターンが回ってなかったろ。それにだ。このイチャイチャは俺が由美に対して恋愛感情を抱く為のである。加えて、ターンは回してるだろ。you are ok?」


「だとしてもさぁ…全然照れないし。照れないならターンは回ってきてないよ。あーーとー!恋愛感情を抱く為とか言ってるけど、もう抱いてませんかね!私に向ける視線とか対応が友人とは言えないんですけど!?」


「はは……気のせい、かもしれないよ」


否定しようと思ったが、否定できない内容であった為、誤魔化す事しかできなかった。

祐二が求める恋心には至っていないものの、世間一般でいう恋心は既に備わっているのだ。

自分のエゴで先延ばししている状態な為、強く言ったら裕二が死ぬ。物理的な意味ではない、精神的な意味で死ぬ。


その背景からの誤魔化しであったが…余計に強く見られる要因の一つとなってしまった。

桃色へと変色していた頬は消え失せ、ハリセンボンのように膨らませてから拳でポコポコと殴られる。

それが痛いとは思わない。むしろ、子供っぽさを映した可愛さに口角が上がってしまいそうだ。

そうなれば色々と言われるのは分かるので、そろそろ沈めるとしよう。


「はいはい、不満なのは分かったから。落ち着きましょうねー」


「うぐぐぐぐ……分かってない、分かってないよ。分かったって言うんならねぇ、照れてから言いなさいよ!」


「だから言ってんじゃん。抱きついてて気づかなかったの?めっちゃ照れてんだけど」


「ぅ、嘘だぁ。そんなポーカーフェイスができる訳…」


「前の由美と同じだよ?隠さなきゃ格好悪いからね。まあ、由美はそうじゃないみたいだけど。下手になったよね。それとも…由美なりの愛情表現?」


格好悪いのは嫌だな、という気持ちからのポーカーフェイスだったが、それでここまで麗しい由美を見れるとは思ってもみなかった。

最初の頃の余裕綽々状態の由美と比べれば雲泥の差だ。

祐二の照れやすさが移ったのか、ある程度の壁が解けたのか。どちらにしても、祐二にとって嬉しいものなのには違いない。


その心が体にまで通り、顔に浮かんでいく。心底嬉しいものを見るように笑う祐二に耐えられなかったらしい。

顔を手で押さえつけ、瞳も口も遮る。視線も言葉も封じ、己への精神ダメージが来ないようにしたのだろう。


「というかさ、数日前ぐらいに甘やかして欲しいとか言ってなかった?俺はその言葉通りに甘やかしているだけだよ?ひどいなー、忠実に実行しているだけなんだが」


「うぐ、うぐぐ。正論パンチは良くないと思います!事実陳列罪に含まれますよ!」


「含まれません。あとそんな法律ありません」


「最近祐二くんが冷たいです。前みたいに甘やかしてください」


「俺の甘やかしを拒否してるのは由美さんなんですけどねぇ。まあ、良いよ。甘やかしてあげる。ほら、膝に来て」


自分の膝をポンポンと叩き、由美の方向を見る。瞳が見た光景としては、驚きで硬直している由美であった。

情報の処理にかかったのが数秒。そして、現実を受け入れるのに数秒。現実を受け止め、赤面しつつも膝へと歩み寄るのが数秒。

合計で10秒オーバーである。その秒数が、愛らしさを増加させていた。


「よーしよし、良い子だね。可愛い子だ」


「…甘やかされている気がします」


「それが要望だったからな。お願いが来たら俺は全力で甘やかしますよ」


「分かってる。分かっているから、私は甘えている」


「そんな付け込んでいるみたいな言い方しなくても。俺はお前に救われたから、甘えを許してるんだぜ?正当な報酬だと真っ直ぐ受け取りなさい」


「うん…そうする」

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