第17話 迷いと独占欲
「はぁ……はぁ」
「おいおい、どうしたんだよ。そんなにため息を吐いちゃってさ。金城さんと喧嘩しちゃった感じですかー?」
「いや、ちがう……ある意味一緒なのかもしれんけど」
「へ?ある意味?どーゆー事?もしかして由美ちゃんを泣かせちゃったの!?」
「泣かせてねーわ。というか、お前はいつから由美の事を下の名前をちゃん付けで呼び出したんだ。前まで金城さんだったろ」
「仲良くなっちゃった。それで?泣かせてないなら何をしたのさ」
「なんで俺がした側認定されてるんですかねぇ。俺はされた側なんですけど。あの唐突な告白でどんなにビックリした事か」
「へ、告白?」
「ようやくやったんだ。由美ちゃん」
ちょこっとの愚痴を吐いたつもりだったのだが、理亜の口からは予想外の言葉が出た。
ようやく、とはどういった意味で使われた言葉なのだろうか。いや、分かっている。分かってはいるが、それを事実として認識した際に矛先が向くのは確実であるから黙認しているだけだ。
「理亜が言ってるんだから……本音からの言葉なんだろうな。本気で俺を…」
理亜という人間を説明する際に最初についてくるのが「ネガティブな要因が多く含まれている嘘は嫌い」という事。
だからこそ、分かる。その理亜が応援しているのだから、由美の言葉が本音だったのは間違いない。
加えて、朝に弁当を渡した時の視線が違っていた。
あくまでも友人の範囲内であったのがこれまでだが、今朝はもはや肉食獣の視線である。
絶対に他には取らせない、何が何でも己の手に収めてみせる。そんな独占欲が何重にも心の中に張り巡らされているのが感じれた。
裕二の体感では、そこまで独占欲を出される思い出はないと思っているのだが、事実はそうではないのだろう。
他人にある程度の線引きを引いている由美が晴れているのだから。
どのようにして惚れ込ませたのか。実現させたのが自分であっても、知りたい範囲内である。
「私も、りっくんも、由美ちゃんも。裕二が恋心を抱いてないのは知ってるよ。裕二ってわりかし面倒くさ……結構堅物なのは周知の事実だからね」
「酷い事言われた」
「ま、まあまあ。気のせいだって!私が言いたいのはね、そんな裕二に対して恋を抱かせる為に由美ちゃんが誘惑するだろうから覚悟しててね」
「誘惑…?不純異性交遊か?」
「えぇ…なんでそうなるんだよ」
「頭ピンクなんですかー?この思春期マン!」
本音が言いにくい世界とはこういう事を言うのだろうか。
出された言葉を処理し、頭の中で最適解を導き出した上での発言だった。
だったのだが、それすらも上から否定されてしまった。
それ程にまずい発言だったのか、と思案する程に最適解だったのだ。
「それで?どうするのかは聞きたいかな。裕二に対して必死になる由美ちゃんへの対応は。別に人の恋愛にどうたらこうたら述べる趣味はないけどさ、言わせてもらうよ。受けるつもりがないならさっさと断った方が良い。受けるつもりがなくて、けど関係を切りたくなくて、ダラダラと続けては傷になる。裕二にとっても、由美ちゃんにとってもね」
「分かってるよ。そんな事…」
あぁ、分かっている。そんな事、裕二の頭の中にとうに入っているのだ。
由美という女性を好きにならない限り、断らない選択肢は地獄の道であると。
それを込みとして、それを考慮して…その上で問題ないと吐いたのだ。
今は確かに恋へと至ってはいない気持ちであるものの、時が経てば次第に恋へと発展していく。
当初想定した内容よりも今は濃くなってしまったので、恋心を抱くのは早くなりそうだが。
「安心しろよ、理亜。俺は断るつもりも由美の恋を蔑ろにするつもりもない。こんな俺に初めて真正面から関わってくれた人だ。恋心だけじゃない、どんな気持ちにも真正面からぶつかってやるよ。全部受け止めて答えを出す
その言葉を出して、思う。以前の自分では出せなかった言葉だ。変わってしまったのだ、と心の底から思う。変われたのだ、と心の底から思う。
だからこそ、裕二が由美を蔑ろにするという行為は絶対にできないのだ。
恩人相手に粗雑な対応ができる者がどこにいると言うのか。
少なくとも、この場所においては存在していなかった。
「由美ちゃんが惚れただけはあるね。ほーんとうに真っ直ぐだ。どこまでも前を見て……少し羨ましいくらいだよ!その気持ちを吐き出せるならもう大丈夫だね」
「あぁ。今の裕二なら金城さんの恋にも応えられるんじゃないか?とは言っても、それはまだ早いかもだが」
「あぁ、応えるよ。そしえ……逃がさない程の牙をつけて泥沼につからせてやる。他にはやらない。もしそうなったら…どんな手を使ってでも取り返しに行ってやる」
「りっくん…」
「あぁ…似たもの夫婦ってこういう事を言うんだな。初めて知ったわ」
遠くを見ており、暗雲で曇っている瞳。
それを視界に入れた二人はそう呟く。今まで見た事のない程に独占欲を拗らせている男と女に引きながら。
そんな二人を知らず、裕二は悠長に由美との関わりを考えるのであった。
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