第16話 悶える人、赤面させる人

「やっちゃった……」


裕二の家から帰宅した由美に待っていたのは、想像を絶する羞恥地獄であった。

夕飯を食べる前からヒートアップをしており、膝枕をする際も恥ずかしい事を何度か言っていた。

普段とは違う姿の裕二を見たからテンションが上がっていたのだろう。


「喜んでくれて良かったけど…良かったけど…!祐二くんの為にしてるって、それじゃあまるで好いているみたいじゃんか!事実なんだけどさ!」


枕を抱き、ベットの上を右往左往している由美。誰かいたのなら、ツッコミが即座に入りそうな状況である。

当の本人である由美であっても、何をしているのかと思ってしまう程。

しかし、これは致し方ない状況であった。雨宮祐二という、己が好いている男になんとも恥ずかしい言葉を吐いてしまったのだから。


だが、それを犯した事に強烈な失態は感じない。祐二に近づく事ができた、それだけで戦果と言えるだろう。


まあ、だからと言って、全ての羞恥がなしになるという事ではないのだが。


「あーもう!もっと綺麗な事の運び方というのがあったでしょうに!あんな恥ずかしいのを口にするなんて…。私は私を殺したいのかっ!あんな言葉を吐いちゃ、祐二くんにも引かれちゃうよ。祐二くんに離れられたら、私は生きていけないよ。物理的な意味でも精神的な意味でも」


自然とでたその言葉に、由美は目を細め、ため息を吐く。

先程までのポップな心境が移り変わる。現在の自分を刺すようなシリアスへと。

その変化が現実を突きつける。今まで避け続けていた現実を。


_私はきっと、依存している


心から出た本音に舌打ちをしていれば、自然と腕に力が入る。

腕の中に収まっている枕が形を変え、綿が飛び出るが、現在に由美の精神性にはなんの異常もない。

由美の精神性に異常性を出しているのは、祐二に対して依存を抱いているという事実。

それだけが、底なし沼の毒を出現させているのだ。


子供の頃から嫌悪をしていた依存が…今度は己にも回ってきた。

依存をし、子であった自分に暴力を振っていた母親の血が流れている。何度もその依存は継承しないと決意を結んだのは記憶に残っている。

そう思っても、現実というのは避けられない理不尽クソらしい。

拒否し、嫌悪していた依存が体内にある。それだけで自己嫌悪は止まらない。


その自己嫌悪を解消させる為には、祐二から離れるのが一番効果的だ。食事を作ってもらう環境を断ち、ただの友人として付き合う。それが依存を消失させる上で最も最善の一手になる。

…そう、理屈では分かっている。あの母親の血が流れているのだから、このまま依存して付き合ってはいけないと。


そうだ。今離れなくては、きっとこれから離れられなくなる。

何がなんでもしがみ付き、祐二に迷惑をかけてしまう。ゆえに、関係を断たなくてはならない。

突き放し、ただの友人になり……好きだと訴える身を焦がす程の恋情を封印する。失恋として、全てを片付ける。


簡単な作業だ。長年変人を抑え込んできた由美にとって、たった数ヶ月によって形成された恋心を見ないふりをするなど…いとも容易い芸当。

昔通りに抑え込んで、祐二に気づかれない範囲で疎遠となれば解決だ。

何も問題はない。昔となんら変わっていないのだから。


「そうだよっ、簡単だ。祐二くんへの思いを全て忘れれば解決する。いつもと同じようにすれば…何を恐れている。それがっ!私の生き方でしょっ!それが、私我慢できた処世術でしょ…」


『俺が変わっているとか言うけどさ、金城さんも変わってるでしょ』


簡単だと思っていた。


『それで、大丈夫ですか?金城由美サマ?』


簡単だと思いたかった。


『はぁ!?…金城が身につけるまで、だからな』


しかし、物事は己の思い通りには運ばないというもの。


『まあ、そこまで気にすんなよ。タイプが違うだけの顔だ。お前が、金城が1番の友達ってのは変わりないからな』


祐二は出会った中で一番の変人であるが、それと共に一番の優しさも持ち合わせていた。

その優しさが毒となったのだ。孤独で生きていくという覚悟を緩ませ、心に想い出と呼ばれる置き土産を置いた。


経験によって編み出した生き方を忘れるくらいには、大きな大きな置き土産を。


「ばか、ばかっ、ばかぁぁぁぁっ!」


由美の瞳から漏れるのは涙。捨てようと思っても捨てれない思い出をもらった男への涙。

諦めようと思っても諦めさせてくれない恋を抱かされてしまった男への涙であった。


雫と一緒に垣間見える感情は重く、苦しい。きっと、並の人は避けてしまう。それくらいの独占欲が見えた。

そんな独占欲を見ても、雨宮祐二は真っ先に由美へと向かうだろう。

あぁ、そういう人だ。そういう人だと学んでしまった。


だから、余計に心が諦めさせてくれないのだ。


「祐二くん…」


諦念を断固として拒否する心は、体を操作する。親指と人差し指を動かし、祐二へと電話を繋ぐ。

後で色々謝るのだろう、と思いつつ。由美は行動を続ける。熱い衝動を抱いてしまったからには、止まれない。退路がなくなっているのだから。


『どうした?忘れ物か?』


「祐二くん、諦めの悪い私でも好きでいてくれる?欲しい物にしがみついても、祐二くんのそばに居させてくれる?」


『うーん…何が言いたいのか、何を思っているのかは分からんけど…一つ言っとくわ。そんぐらい誤差じゃ。自分の性質を見せまくってんだから、今更そんなの気にすんなよ。他がどれだけ言おうとも、俺は隣にお前の席を用意しててやる』


「あぁ、そっか。じゃあ、お言葉通りに。…私は、金城由美は雨宮祐二くんが好きです。だから、全力で獲りにいくね?」


『へ?』

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