第14話 調子を乗りました、裕二でございます

「むふー、お腹いっぱい」


「うぐぐ、自分のした事が帰ってきた気分だよ。紳士的な裕二くんだからそんな事しないと思ってたんだけどなー。思いっきりやってくれちゃってさ。裕二くんのプライドを舐めてました」


「舐められてたなー。自分だけしてやられるなんて、男子のプライドが許さないのさ。じゃあこれにて閉廷という事で」


「待って。まだあるでしょ。最初に約束してたご褒美が。自分だけ良い思いして逃げようなんて考えるんじゃないよ!」


「あ」


己だけ良い思いをして逃げようなどと考えていたつもりはなかった。ただ、ご褒美云々の件を忘れていただけで。

始める前は確かに頭の中に入れていたはずなのだが、いつの間にか忘れてしまっていたらしい。

午前中にあそこまで頭が熱くなったというのに、満足したら消えてしまうとは。


その事実に裕二は驚きを感じつつも、咎めるような声質を持った由美の言葉に応じる。

謝罪をしながら、裕二はワクワクを浮かばせて待つ。

一度は忘れてしまった事象であれど、思い返せば期待が一番に立ってしまう。


そのような状態の裕二に由美は呆れのため息と視線を寄せるが、それでも付き合ってくれるのは優しさだろうか。


ありがたいな、と思いつつ。裕二は由美が行動を起こすまで視線を合わせて待つ。


後に飛んでくる言葉に固まる事など知らずに。


「はぁ…このコウモリちゃんが。あの話みたく簡単に手のひらを裏返すんじゃないよ。本当に逃げたいのかなって思っちゃったじゃん」


「悪かったよ。由美に抱きついて上機嫌になって忘れていたんだ。これを受けたくない、とかそんな気持ちだった訳じゃないよ」


「ふん。調子の良い言葉ばっかり言っちゃってさ。腹の奥底じゃ何を思っているか分かりゃしないよ」


祐二が由美の優しさに甘えているのだから自分も良いだろうと言いたげな言葉と質。

現実がご褒美の件を忘れてしまっているのだから責めようがないのを由美は分かっている。

いや…それ以前の問題かもしれない。裕二は戯れあいと認識してくれると思っている。


それに気づき、裕二はやられたと言わんばかりに密かに堪えていた笑みを増幅させ、表に出す。

由美はその笑みに不服そうな表情を見せるが、これは致し方のない事。

なぜなら、心の底から認識してしまったのだ。己は信頼されていると。

こんな堅物で変人な自分を信頼している。それを気づいてしまえば、どんな者でも笑うというものだ。


「えぇ、えぇ。もう分かりましたよ。さっさとご褒美タイムに突入しようか。このまま延々と喋ってちゃ、祐二くんがご機嫌になっちゃうだけだ」


「お、そうだな。俺は由美と喋っているだけで上機嫌になっちゃう単純な性格の持ち主だぜ?まあまあの付き合いになってるから分かってくれてると思ったんだけどな。俺のこの性格に慣れちゃった?」


「はー、そうですかそうですか。裕二くんはそういう揶揄いをするんですね。…ご褒美なしにするよ?」


それは少々困る選択だ。裕二はご褒美の事を思い出してワクワクが立っているのだから、そのご褒美を取り上げられるのは、祐二にとっての辛いものになる。

その選択を取られてしまえば、意気消沈モードになってしまうのは間違いない。


それだけは何とか回避しなければならない。

ならば、裕二が起こす行動は一つ。 全力の媚を売る事である。

ご褒美を達成させるという願いを叶える為ならば、幾分の恥も捨てて見せるのが男の根性。

土下座くらい、容易にカードとして使用するというものだ。


「うわぁ、ご褒美の為にそこまでするかなぁ。言葉の比喩みたいなものだからそこまで必至にならなくても良いんだけどね。変人の性根はそこまでするという事で。それじゃ、乗りなよ。私の膝」


「え」


望み、願い、行動として移してきた裕二であるが、ご褒美の実態を知れば固まっていた。

己の思っている代物よりも小さかった、という事は断じてない。

自分の想定している範囲でガックリしているという事もない。

そのような時であれば、裕二は配慮を効かせ、本人に満足できる言葉を送る。


では、なぜか。どうして裕二は固まり、情報の処理が追いついていないのか。

それは想定していた規模よりも大きい存在であった為、言葉の噛み砕きに時間を有したからに他ならない。

そして、想像よりも格上の存在は、裕二の体を怯ませるまで。

その程度は、己から望んだご褒美に対して一歩引いてしまう程には大きかったのだ。


精々軽い接触や先程のような抱きつきは友人との戯れあいだと認識はできる。

しかし、膝枕はどうだ。その行為は果たして友人との行為であると言えるのだろうか。

甘い交わりを主張するかのような一時は、恋人の切り抜きと言えるのではないか。

あぁ、その思考へと到達してしまった裕二の精神は更に弱り果てしまう。

怯んでいた元の精神が、更に怯んでしまうのだ。


「ねー、ちょっと遅くない?いつまで固まってるのさ。ほらほらー、私が誘ってるんだからさっさと来なよー。じゃないと、さっきの言葉通りやめちゃうかもだよ?」


「それは…」


しかし、悲しきかな。どれだけヘタレであろうとも、目の前に極上の料理が用意されれば、喜んで向かってしまうのだ。


ゆえに、「膝枕はいけないのではないか」と怯んだ理性は、いとも容易く崩れ去るのだ。

土でできた団子を人の手で壊すのが簡単なように。


「では、失礼を…」


「はいはい。遠慮なく失礼しちゃってよ。私は君に唯一それを許してるんだからさ」


先程まで遠慮なく照れを味合わせた事による仕返しが含まれているのだろうか。

人を熱い熱い泥沼に引き込むような、そんな言葉を携えつつ、膝へと頭を落とした裕二の頭を撫でる。

それに怯んでいた裕二が何も感じない訳がなく、蜘蛛が糸にかかった虫を食べるがごとく、当たり前のように頬を赤面させた。


「どーですか、私のお膝は。いつ裕二くんに触られても良いよう、触り心地は気を配っているんだけど」


「きもちい、よ」


「そっか。よかったよ」


言葉に翻弄され、片言に近い言葉を発した裕二に対しても熱い笑みを浮かべている由美に、裕二は何も言えなかった。

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