第13話 押しが強いよ由美さんやい

裕二の家で満面の笑顔とダウンをしている二人が存在していた。

何の事情も知らない人が見たら家主を見間違えそうな光景であった。

そのような景色の中、裕二は生気を搾り取られたような、そんな干され顔をしている。


その原因となるのは、隣でニコニコと笑みを浮かべている由美が原因だ。

以前と比べても大きすぎる猛攻を受け、ダウンしてしまった。

過去の由美は、裕二との甘い交わりで羞恥を感じるレベルは裕二と同等か少し上。

いつの間に上へと登ったのだ、と少々の愚痴を吐きつつ、息を吸い込む。


たっぷりと甘やかされ、初めてあんなにも含羞がんしゅうを目の前で見られてしまった。

男のプライドがそう簡単には許してくれない。

己も目の前の女性の含羞を目に焼き付けなくては、気が収まらないと本能が訴えているのだ。

それは理性も同じくして訴えている。

アダルト的な方面に走るつもりはない。一つの行動で含羞を……照れを抱かせるのだ。


「食べ終わって、食器の片付けも終わった事だし、ご褒美タイムに入ろっか。午前中からの約束だったもんね」


「その話だが、ちょっと待ってくれ。そのご褒美、もう少し置いてくれないか」


「え、ご褒美いや?」


「別にご褒美に反対とか、そんなのじゃない。というか、そうだったら速攻反対してるわ。あの体育の時にすでにな。俺が言いたいのはだな…お前がご褒美とは違う形で欲求を出したのだから、俺もそれをもらえないとフェアじゃないよな」


己の意見を喋り出した祐二の顔はどのようなものに変貌しているのだろうか。

含羞を、羞恥を表情として浮かべていた十数分前の祐二とは違う形になっているのは確定だろう。

祐二が現在抱いている表情のイメージとしては、先程の由美を想像しているが、当の本人にそれを知る術はない。

唯一あるのは、由美に聞く事だが…由美は赤面をしているので無理そうである。


その赤面に先程の意趣返しが成功したと喜ぶ気持ちはあるが、それで収まりはしない。

蛇も鳥も狼も、全てそうだろう。捕まえた事に喜び、獲物を手放そうとする阿保がどこにいるのだろうか。

裕二の心に手放す気はない。それは獣としての野性の本能か、新しきを覚えた人間としての子供の好奇心か。


誰であろうとも、そう抱く原因は分からない。


「まあ、安心はして良いと思うよ。俺はレディへの乱暴ごとは得意じゃなくてね。由美が痛いとか苦しいとか、そんな事を言ったらやめるよ。もちろん、嫌だとかもね」


「そっち方面は心配してないよ。そんなムードになっても手を出してこないだろうし。裕二くんは紳士的だもんね!」


「え?なんで唐突に刺してくるの?……由美からの評価がひっそりと見えたところで、実行を起こしましょうかね。さて、由美さんやい。手を触れるのはどんな気持ちかな」


「え?別にそんなだけど。デートとかだと緊張するけど、ただただ繋ぐとか、手を触るだけだったら全然だよぉ」


余裕綽々の態度、それが崩れ去る事を金城由美は知らない。


__ひゃぁっ!?


由美は想定をしていた。手を触られる事を想定していたのだ。それは、裕二が手を触れるのも想定の範囲だったのだ。

裕二が指をジリジリと這い寄るように手に対して合わせに来たのが想定の範囲外だった、という事だけで。


その現実に艶やかに鳴いた由美は困惑の色を見せ、起こした張本人は怪しげで煌びやかな笑みを浮かべていた。


背筋を刺激するようなゾワゾワとした感触。そして、目の前の獲物に瞳を暗雲のごとく暗く光らせる裕二に赤面をしてしまう。

見た事のない表情。普段の紳士的な裕二からは想定できない追い詰め方。

由美の心の中に潜んでいたパチパチと燃える火炎に薪が追加された。


「赤面してるじゃん。俺に対して弱いって言ったけどさ、由美も人の事バカにできないくらいには弱いよね?」


「そんなこと、ないけど…なぁ。私は強強ですけどぉ?」


「そっか。じゃあこれも平気?」


ジリジリと迫っていた指を変え、一気に手を包む。

その行程で一つの硬直と揺れが起きたが、それだけでは猛攻は終わる事を知らない。

目の前の相手と手を繋ぎつつ、裕二の体は由美の体へと急接近をする。


先程までの緩やかな動かし方とは打って変わり、大きく変形した裕二の行動は再度の驚愕と硬直を起こすには十分であった。

そうして固まっている間に裕二は三度目の行動を起こす。

繋いでいる手を離し、背中へと腕を回す。


抱きつく姿勢へとなり、ようやく認識する。

今自分がどのような状況になっているのか。裕二からは何が要求されているのかが。

遅過ぎると言われても何も言えない気づきの早さではあるが、いきなり攻められたのだ。致し方あるまい。


「ぁ、あ、かお、ちか…!」


「そりゃ近いでしょ。人が抱きついてるんだからさ。人が抱きついているのに近くなかったらそれは異常事態じゃない?つまり、がんばって耐えてね?俺はもっと抱きつきたいから」


頬の熱がどれだけ濃く変化しようとも。瞳が含羞と混乱を意味するグルグルお目目になろうとも。

裕二が腕を解き放つ時はなかった。


意趣返しにしても強すぎではないか、と未来で由美が愚痴ったのは内緒の話である。

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