第9話 ショップと友人宣言

「知ってるー?今から向かうショッピングセンターって結構な多彩なものが売っているらしいよ。アクセサリーだったりペンダントだったり、スポーツ用品だったり。色々な客層に応えられるような商品を出してるんだよねえ……まあ、デート場所に合っているかを一緒に見てきたから知っているよね」


陸や理亜と離れ、次のデート場所へと向かおうとしている裕二を襲ったのは困惑であった。

二人で向かったのはデートの数日前であり、記憶にも比較的残っているはずなのだ。

それを一度忘れ、思い出してから自己完結をした。自問自答とはこの事である。


前から裕二は由美の事を【性格良くて可愛いけど一癖ある女の子】だと認識していたが、更にその上で殴ってくるのは想定していなかった。

見たくなかった、目を背けたかった現実と言えるのだろうか。


そのような現実逃避を少々しつつ、裕二と由美はショッピングセンターへと入っていく。


「うーん、広い。どこ行くー?またまたご飯を食べに行きますかー?」


「この食欲魔人が。秋になってもないのにどうしてそこまで食欲が湧くんですかねー。それだからヒップがでかくなっ…」


「おらぁ!」


「ごはぁッ!」


呆れ目を浮かばせつつ、デリカシーな発言を出そうとする男の腹にめり込ませる拳が一つ。怒りが丹精に込められた由美の拳であった。

絵面的には暴力的ヒロインそのものであるが、周りの目は「妥当な罰だろ」と言いたげな呆れの瞳をしていた。


由美は裕二に対して穏やかな平穏テリトリーまあ許せる範囲を持ち合わせているものの、流石にこれは許せなかった。

女子のレッドゾーンに土足で入ったのだ。この程度で済んだのは温情かもしれない。


祐二は一つ賢くなった。殴られるという形で賢くなったのだ。

あまり受けたくはないレベルアップである。


「あぁ、胃液が出るとこだった。相当な威力をこもったパンチを撃つんだな。あんなパワーの入らない構えからここまで…金城ってそっち方面に才能あんのか?」


「うるさいなあ。それ以上戯言が口から出るようならワサビを鼻から突っ込むよ」


「なんで鼻!?戯言言ってるのは口でしょ!?なぜ関係のない鼻に…!」


「鼻って息してるでしょ。つまり呼吸してる場所じゃん。だからさ、四捨五入したら口でしょ?」


人間に備わっている部位を四捨五入するとはこれいかに。

人間の体は数字でできている訳ではなく、血肉で形成されているのだ。

人間の体部分で一番に考えられるのは遺伝子だ。


しかしだ。人間の遺伝子は約2万3000個。大体が五よりも上になってしまう。


(いや待て。それは人間の全部の話。今回は鼻に限った話だ。……え、どういう事?概念を四捨五入すんの?無理じゃね?)


裕二は宇宙猫へと至った。


***


あやとりをミスり、糸がこんがらがったような困惑を抱えつつ、二人は歩いて行く。

これ良いね、これも良いね、なんて当たり障りのない言葉を吐き出しながら。


「このデートの戦利品として、ペアルックを選ぶー?私と雨宮くんがデートをした友達なんだと周囲に知らしめてやりましょうよ!」


「知らしめる必要なくね…?俺たちが心に留めておくだけでも十分じゃないんですかねぇ。そうしないと思い出を忘れるってのでもないんだろ?」


「えぇ!?ペアルック嫌い!?」


「そういう話じゃ…いや、そういう話か。別に嫌いって訳じゃないよ。あんまり見た事ないから不思議って気持ちはあるけど」


「友人はともかく…親とかは見てないの?ペアルックとかありそうなものだけど」


「親、ね…」


由美の言葉に反応した言葉は恐ろしく冷たい言葉であった。

言うなれば、その概念に思い出が全くないと言ったところ。概念に対して人間は何かしらの思い出があるが、祐二にはそれがなかった。


たったそれだけ。そんなそれだけが、毛穴を強制的に立たせる感覚が生じさせていた。


「そっか…色々あったんだね。深くは聞いておかないでおくよ」


「ありがと」


「どういたしまして〜。それじゃ、買おっか。このペアルック」


「ぇ…なんでその話に戻るんですか…?」


「当然の摂理だから。それにさ、私は知っているんだ。君には友人がいないから思い出が少ないんだ。そして、私は友人の楽しさを教える為に君と友達になったからね。だから、これを最初の一幕とする。初めてできた友達との、ね」


その言葉に、祐二は実感をする。それは何度目の実感であった。金城由美が眩い人であるというものは…。

その中でも初めて感じるものもあった。それは、祐二の常識が一つ壊される事。

祐二はこれまで友情を薄っぺらい嘘か少々の衝撃でも破れてしまう紐だと認識をしていた。由美から変わったと評されたが、根本の部分は変化してなどいなかった。


しかし、目の前の人間の影響は特大らしい。本気で友達になる道を突き進もうとする姿。それに感化され、手を取りたくなってしまう。

今まで見てきた人間とは全く違う、醜悪を見せぬ美しい人間に染められたくなったのだ。


「そっか。そうだよな、お前は友達になるって言ってくれたもんな。こんな変人の俺の友達になるって」


「そうだよ〜。まさか今更思い出したの!?まだ一月しか経ってないと思うんだけどなあ。頭が弱くなっちゃったのかな?」


「余計な事は言わなくても良いんだよっ!」


「ひやーっ」


(あの出会いが奇跡なのか、必然なのか、俺には分からない。でも、確かな事がある)


_返しきれない恩を受けた


「ありがとう、お前が頑張ってくれたおかげだ。俺は今、人生の中で一番楽しい」


「…!ふふん、甘いね。今からがもっと楽しくなるの。絶対いそうさせるんだ!覚悟しておくと良いよ!」

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