二章

第2話

佳奈は陽毬の中の傷とも言えないものに的確にナイフを突き刺して行った。じわじわと傷が広がり、どうにか部屋に戻った時には耐えきれずにベッドに倒れ込む。


「…何よ私が悪いみたいに好き勝手!」


枕に顔を埋めた陽毬は思いの丈を叫ぶ。本当なら佳奈、そして龍司に直接ぶつけるべきだったが感情的になっても碌なことがない。その上、そんな醜態を晒したら佳奈がますます自分を馬鹿にしたような目で見るのが予想出来た。陽毬のちっぽけなプライドがそれを許さない。


毅然と、なんのダメージも受けてない体を装ってあの場から立ち去るのがせめてもの抵抗だった。


龍司が彼女の友人に手を出す人間だったことも、自分のしたことに対して全く罪悪感を抱いていない佳奈のことも。突きつけられた事実があまりにも衝撃的だった。


(…私が悪いの?浮気する方が100パー悪いでしょ)


佳奈の言葉を鵜呑みにして、陽毬が憔悴するとそれこそ彼女の思う壺だ。気にすることはない、確かに自分にも至らぬ点、反省するべき点があったのは事実。だけど浮気をされて、あまつさえ原因が自分にもあると責められる謂れはない。


理解はしているのに、佳奈の言葉が頭から離れない。


(今回も余所見…あの時のことをあんなふうに思ってたんだ)


陽毬は龍司の前に付き合ってた人がいる。高校の一つ上の先輩でやはり向こうから告白され、断る理由もなかったのでOKした。相性は悪くなく、平日は一緒に帰り時折休日は遊びに行くという、健全な交際を続けていた。


その後、受験のため彼が塾通いになりすれ違いが続いた結果、「他に好きな人が出来たから別れたい」と切り出された。メールの頻度も減っていたし、この辺りが潮時かと陽毬は告白された時と同じであっさりと承諾したのだ。


彼は同じ塾に通う他校の女子に思いを寄せ、秋頃に陽毬と別れたのに告白したのは受験が全て終わったあとだと聞いた。結果は残念ながら振られたらしいが、だからと言って陽毬に復縁を迫ることもしなかった。比べるのは良くないが、龍司と違い彼は二股をかけることなく陽毬にちゃんとケジメをつけていた。とても真面目な人で比べることすら失礼だ。


当時、振られた陽毬を心配し心変わりをした彼に怒っていた佳奈だったが本心ではなかった。彼女が言うには、あまりショックを受けてなかった冷たい陽毬は振られても仕方のない人間らしい。


ショックを受けてなかったように見えたのは、彼との関係に終わりが見えていて別れを切り出されてもおかしくないと思ってたから。決して彼を好きではなかった訳ではない。今回もそうだ、龍司のことは好きだった。このような裏切りに遭い傷ついているし、悲しんでいる。


しかし、心の何処かで「自分が女として魅力も、何もかも足りないから余所見をされた」と思う自分もいる。考えないようにしてただけで、頭の片隅に存在していた。元彼も自分より良い人がいたから心変わりした。龍司も自分より相性の良い佳奈の方を選んだ。


陽毬は結局選ばれない人間なのでは、と佳奈の狙い通りに負のループに陥った。誘われても嫌がらず受け入れていれば、遠慮せず我儘だと思われても連絡をして甘えていれば…たらればの話をし出したらキリがないけれど。


佳奈の言葉は陽毬の心の中に澱のように残っている。彼女の言葉が脳内で反芻していくうち、陽毬の意識は遠のいていった。

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