第17話 超優良物件は危険な性癖の持ち主です

「ちょ、ちょっと、高塚さん、く苦しい」


「あ、ごめんごめん。つい君の事が愛おしすぎて」


 高塚さんは、やっと我を取り戻したようで、私を解放した。

 背中の黒いバックパックを脱いで、ストンと床に滑らせると、なぜか、カシャンという不穏な金属音が鳴った。


 ――何? 今の音。


「あ、あの、どうぞ。座ってください」


 高塚さんは大学3年生で、私と同じではあるのだが、二浪してるので年は二つ上。

 バイトも先輩なので、こういう話し方になる。


 私は、彼をリビングスペースに促した。


 彼はバックパックを大切そうに胸に抱えると、ローテーブルの脇に正座した。


「あの、お茶淹れますね」


「いや、いいいい。お構いなく。それより……」


 彼はおもむろにバックパックのファスナーを開けた。

 まるでサプライズのプレゼントでも仕込んでいるかのように、嬉しそうないたずらっ子の笑みを湛えている。


「え?」


 ジジジジジー。

 ゆっくりとファスナーが解放されて、その中から取り出されたのは――。


「手錠……」

 ぎょっとして、思わず声が漏れた。


 高塚さんは顔の横に不穏な光を放つ二つの輪っかをたらりとぶら下げ、こう言った。


「こういうの、好き?」


「す、好きじゃありません!!」


「最初はみんなそうなんだ。僕も最初は抵抗があった。けど、やってみるとなかなかいいもんだよ」


 私は全力でぶんぶんと頭を振った。

 とんでもない性癖の持ち主だ。


「し、仕舞ってください。私は、例のSNSの事を相談したかっただけで、あの、そのー」


「そっか、そうだよね。ごめんごめん」


 高塚さんはしゅんとしながら、手錠をバッグに仕舞った。

 ほっと一安心。


「父に相談しておくよ」


「へ? お父さんに?」


「あ、言ってなかったね。うちの父、弁護士なんだ」


「え? すごーい!」


「動いてくれるかどうかはわからないけど、的確な助言ならくれると思うし。このケースは訴えたとしても費用倒れする事が多いんだ。相手を特定して訴えたとしても支払い能力がない人物ばかりでね」


「それは、よく聞きますね」


「とりあえず画像を掲載しているアカウント主に警告のDMを送って置くといいよ。僕が文章作成するから、それをコピペして」


「助かります! ありがとうございます!!」


 高塚さんは、LINEのメッセージ画面を開くと、すごいスピードでフリック入力し始めた。


「よし! できた。送信!」


 送られて来た完璧なる文書がこちら↓


 件名:画像の削除依頼および警告

 本文: はじめまして。 突然のご連絡をお許しください。 あなたが投稿されたSNSの画像の中に、私の肖像が無断で使用されていることを確認いたしました。 この行為は、私の肖像権およびプライバシー権を侵害するものであり、極めて遺憾に思います。

 許可なく個人の画像を使用することは、法律により禁止されており、現在、弁護士と協力して対応を検討しております。

 万が一、削除を行わず、今後も同様の投稿が続く場合には、法的措置を取らざるを得なくなる可能性がございます。 このような事態は避けたいと考えておりますので、ご理解とご協力を賜りますよう、お願い申し上げます。

 何卒よろしくお願いいたします。



「ありがとうございます。すごく助かります! これって文末に記名しなくてもいいです?」


「しない方がいいと思うよ。相手がどんなヤツかわからないからね。これ以上の個人情報は与えない方がいいかもしれない」


「わかりました。じゃあ早速、送ってみます」


「うん。上手くいくといいね」


「はい!」


早速、ツイッターの画面を開き、石橋暴露のDMにアクセスした。

高塚さんの文書をコピーしてペースト。

それはまるで魔法の武器を手に入れた感覚。

送信と共に、バン! という発砲音が心の中に響いた。


「よっしゃー!」


「じゃあ、僕はそろそろ、レポートをやっつけないといけないから、これで帰るけど、何かあったらすぐに連絡して」


「わかりました。何から何までありがとうございました」


 玄関まで見送る。

 靴を履き終わった彼は、しゅっと背を伸ばしてこう言った。


「もしよかったら、僕との事、真剣に考えてくれないかな? 僕は君の力になりたいし、それを恋だと思ってる。君が好きだ」


「え」


「じゃあ、おやすみ」


 そして、颯爽と去って行った。


 私、今、告白された?

 バイト先ではガチ恋勢が沸くような、親が弁護士で、自身も国立大法学部。超優良物件の高塚誠に、告白された?


 しばらく状況が呑み込めず、ぼーっと立ち尽くしていた。


 驚きだけど、なんでだろう?

 気持ちが一ミリも震えない。

 どうしようという戸惑いばかりがグルグルしていて――。


 だって、いきなりテーブルに高級料理とたくさんのナイフやフォークが並べられているようなもんだよ?


 何からどうやって食べればいいの?

 そもそも、なぜ私の前にこんな高級料理が並べられているの?


 そんなわけのわからない状況に、思考は完全に停止してしまった。


 しかし、こうしている間にも、状況は最悪な方向へと進んでいて、それに気づいたのは次の日のバイトでの事だった。

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