第7話 倫太郎の裏の顔②

「もしもし?」


『忠! 大変だよ%&$#%’&&%#---』


「え? 何? 聞き取れない」


 電話越しでもわかるバイクの爆音に田中はぎょっとした。


「暴走……族?」

 それも1台や2台ではない。

 肌感だが数十台はいそうな騒々しさだ。


 田中の両親は田舎の山奥に、ひっそりと暮らしている。

 あんな山奥に暴走族?


『家が囲まれて大変なんだよ』


「警察に電話しろよ」


『嫌だよ。こんな山奥の一軒家だよ。うちが通報したってバレバレだろ。後でどんな報復受けるか。たまったもんじゃないよ。なんとかしてちょうだいよ。あんた、ネットで有名ななんとかって配信者なんだろ?』


 田中は自分の稼業を、ちょっと盛って母に話してた事を思い出した。


 配信ももちろんやっているが、チャンネル登録者数は3000人にも満たない。

 さして影響力も抑止力もない。


「そ、そんな暇ないよ。別のヤマで忙しいんだ」

 じわっと額に脂汗が滲む。


 倫太郎は、待ってましたとばかりに、おもむろに立ち上がった。

 懐から名刺入れを取り出し、田中に歩み寄る。


「お兄さん、何かお困りですか?」


 2人の子分はさっと立ち上がり、倫太郎に仁義を切り席を譲る。


「は? な、なんだよ……お前……」


 子分2人に変わって倫太郎が田中の対面に座った。


「ご挨拶遅れました。私、こういうもんで」


 名刺を一枚抜取り、テーブルを滑らせた。


「龍ケ崎會田村組で、3代目若頭っちゅーもんやらしてもらってます。大川倫太郎といいます」


「わ、若頭……」


「もしかして、ご実家は奥多摩の深山町辺りじゃないですか?」


「う、うちの実家……な、なんで?」


「あー、やっぱり」


「な、なんだよ」


「うちの若いもんがヘマしましてね。逃げ回ってるんですわ。深山町で目撃情報がありまして、若い衆が血眼になって探してるんですよ。もしご実家で匿ってないなら、私のほうから撤退するように話つけてもいいんですが……。えーっと、あと10分ほどで突入する予定ですね」


 倫太郎はジャラっと腕時計を鳴らす。


「突入?」


「ええ、身寄りのない野蛮な連中でしてね。血に飢えた野獣ですわ。暴れ出したら誰も手を付けられません。ご両親の安否が懸念されますね」


「は? 何言ってるの? ヤクザなんか匿うわけないでしょ。今すぐに撤退させてくださいよ! 実家は姉が赤ん坊つれて帰って来てるんです」


「それは大変だ」


「だから、あの……さっさと撤退させろよ!」


 田中の声は震え、裏返った。


「ははっ、どうしよっかなー?」


 倫太郎はソファにふんぞり返る。その表情はこの上なく愉快そうだ。


「あそこのお客さん2人も連れて、さっさと帰ってくれたら考えない事もないですけどね」

 と奥のテーブル2人に向かって顎をしゃくった。


「お友達なんでしょ? こちらも慈善事業じゃないんでね」


「す、すぐ、帰ります」


「あー! 後、これはご相談なんですがね。琉旧総合病院、TBSエステティック、俳優の郷山ジンのヤマも手を引いてもらえませんかね?」


「へ? あ……えっと……わ、わかりました」

 田中は奥歯を噛みしめ、ぎゅっと拳を握った。


 倫太郎は、満足そうな笑みを湛えて一回だけ頷いた。


「ツイート、消してもらえます?」


「は、消しときます」


「今!」


「え? 今?」


「ええ、今。さっさと消さかい! ゴラッ!!」


「は、はい」


 田中は肩を硬直させ、震える指でスマホを操作する。


「けっ、消しました!」


 とスクリーンを倫太郎に向けた。


 うん、と再び頷き、出入り口に親指を向ける。


「じゃ、じゃあ、帰ります。おい。たっちゃん、かずあき、帰るぞ。撤収! 約束ですよ! 必ずそっちも撤収させてくださいよ」


 田中は倫太郎に向かって念を押すと、さっと立ち上がり出入り口へと向かう。

 倣うように、奥のテーブルの2人も立ち上がる。


「おいこら! 帰る前に言う事あるやろが」

 倫太郎の眼光が、ナイフのような光を放った。


「は、はい。ご迷惑、おかけして、申し訳ありませんでした」


「二度とこのような真似は致しませんが聞こえんなぁ」


「に、二度とこのような、真似は、致しません」


「タカ、言質取ったか?」


「はい、ばっちりです」


 タカはスマホを掲げた。


「約束割ったら、このぷるぷるしながら頭下げてる動画、俺の3万人のフォロワーに拡散するからな。今後一切、なめた真似すなよ」


「は、はい!」


「ママ―、お会計でーす」

 倫太郎の軽やかな掛け声が深夜の店内に響いた。


「はーい。よろこんでー!」


 ◆◆◆


 一仕事終えた倫太郎は、いつものカジュアルな服に着替え事務所を後にする。

 冬の匂いを連れてくる夜風にぶるっと身震いを一つして、慣れた仕草で流しのタクシーに手を上げる。


「世田谷区桜丘台1丁目のフォレストヒルズまでお願いします」

 と、自宅を告げる。


「はい」

 返事の後、タクシーは無数のテールランプに合流する。


 新宿の喧騒を後にし、夜の街並みをぼんやりと眺める。

 赤信号で止まるたびに映るネオンが窓に反射し、倫太郎の横顔を淡く照らしていた。


 倫太郎は名前を二つ持つ。


 イベント会社の社長としての仙道倫太郎。

 裏の顔である極道の時は、大川を名乗る。


 倫太郎がなぜ二つの顔を持つようになったのかという事情については、追々記述するとしよう。


 世田谷の高級住宅街。

 低層マンションの一室が、倫太郎の住処である。

 厳重なセキュリティをカード一つで解除し、自室の玄関をくぐる。


 大理石張りの上がり框でスニーカーを脱いだところで、ふと視界に見慣れない物が映り込んだ。


 壁際に立てかけられた赤い傘。


「あっちゃー」

 思わず声が漏れる。


 昨夜すったもんだで介抱する事になった女子大生の忘れ物だ。

 確か……。


「イオ? だったかな?」

 狭い視界にこの赤い傘が舞ったと思ったら、彼女が倫太郎に突進してきたのだ。


 とても悲しそうな顔をしていて、放っておく事ができなかった。

 この傘をとても恨めしそうな顔で睨みつけていたっけ。

 涙を堪える仕草が、度々脳内を過って、なぜか胸を締め付ける。


「どうすっかなー?」


 そういえば

 ――この男にとても酷い振られ方をしたんです。


 なんて言ってたっけ?


 音成君が元彼なら、連絡先ぐらい知ってるかな。


 SNSのフォロワーとかを辿れば、辿り着くかも?


 そう思ってスマホを取り出し、いや待てよ、とすぐに仕舞った。


「そこまでする義理はないもんな」


 しかし、倫太郎は元来几帳面な所があり、こういう曖昧な状態が非常に苦手な性質である。


 自分の所有ではない物が自宅にあるのがどうも気持ち悪い。


 すっかり乾いている折りたたみ傘を丁寧に折込み、いつも持ち歩くリュックに仕舞った。


 明日にでも、音成君に連絡先を聞いて、届けるとするか。



 ・・・・・・・・・・・・・


 お越しいただきありがとうございます。

 倫太郎サイドは、一応神視点で書いてます。

 混乱するなーって方いらっしゃいましたら、コメント欄で教えてください。

 決して視点ぶれしているわけではありません。

 とはいえ、神視点で書くのは初めてなので、もしかしたら読みづらいと感じる方がいらっしゃるかもしれません。

 わかりづらい箇所がありましたら修正しますので。お気軽にお知らせください。

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