第6話 倫太郎の裏の顔
ここは新宿3丁目カブキ街。
深夜12時を過ぎても、この町は眠らない。
ネオンに包まれて陽気な喧騒で溢れている。
キャバクラ『ナイトバタフライ』は、その一角に、堂々と佇む花村ビルの3階にある。
不況をもろともしない美女揃いの有名店である。
現在時刻25時。
2人の子分を引きつれて、ゴージャスな扉をくぐったのは、仙道倫太郎である。
オフホワイトのスーツに色の濃いサングラス。
天然のウェーブがかった髪は、ビシーっと整髪料でオールバックに撫でつけて、堂々とドアベルを鳴らした。
シャリリーン。
「いやだからー、風営法ってのがあって、深夜12時以降に客取るのは違法ですよねぇ。こんな時間に営業しちゃってるキャバクラとか、完全にアウトですよ?」
若い男の興奮しきった甲高い声が響いている。
店内奥のボックス席には、どうみてもこの高級店にはそぐわないパーカー姿の男が2人。
ターゲットのツイッタラーはメインのテーブルでスマホ片手に演説中である。
倫太郎はすぐに察した。
別々の客を装っているが、こいつが仕込んだに違いない。
ママからの連絡では、12時過ぎても、何度お願いしても帰ってくれない若い客がいて、追い打ちをかけるように、このツイッタラーが凸して来たという事だった。
男のハンドルネームは石橋暴露。この頃話題になっているツイッタラーだ。金持ちにコンプレックスでもあるのか、有名人や大手企業CEOの弱味を握ってはツイッターで暴露している迷惑なヤツ。
本名を田中忠という。
倫太郎はとっくに調査済みだった。
「おっ、ついに来ましたか、反社のお兄さん! ケツモチ苦労さまっす~。みなさーん、社会のゴミが堂々と登場ですよー。ほら、見てください、ザ・ヤクザ」
田中はカメラを倫太郎に向けた。
倫太郎はサングラス越しにじっと男を見据え、口元に微笑みを浮かべたまま何も言わずに立っている。
「どうしたんですか? 無言で威圧して、俺をビビらせようって作戦かな? 残念でした~。俺、こういうの慣れてるんで。反社が何人来て何言って来ても関係ないんで~!」
田中はわざとらしい表情で肩をすくめ、配信中の画面を見せつけるように倫太郎に突き出す。
「はい、みなさん見てくださいよ、これが噂の反社っすよ。おれに触ったら、すぐに通報しますからね!」
彼らにとって、それはまるで結界のような役割を果たす。ヤクザとは、カメラの前では手も足も口も出せない人種だと思っている節がある。
倫太郎はその様子を冷静に眺め、カウンターに腰掛けた。
「ママー、お客さんにおしぼりもお通しも出てないじゃない」
「へ?」
困り顔の若いママは「あ、はい」と怪訝そうにしながら、おしぼりを持ち田中の元へ。
目の前でさっと広げて差し出した。
「いや、俺、客じゃないんでいらないっすよ」
「まぁまぁ、そんな事言わずに」
ママはおしぼりを田中の前に置いた。
「こちらお通しでございます。牛肉ときくらげのしぐれ煮。ご注文がある時はお呼びください」
「はは~ん。お通しでぼったくる作戦だな。俺は一円も払わないからな!」
子分2人は、田中が座るテーブルの対面に座った。
倫太郎の弟分で、銀髪のタカ。もう一人は赤髪のザキ。
「お兄さん、相席失礼しますよ」
「あの人、親分さん?」
怖いもの知らず気取りで、田中は倫太郎を指さした。
「親分がいちいちお前ごときのために動くかよ、ボケが! 身の丈考えろや」
「おーい! タカ! 口の利き方に気を付けろ。お相手は堅気様だぞ」
倫太郎は普段とは桁違いのドスの効いた声で子分を一喝した。
「はっ、すいませんっ、兄貴」
「お兄さん、深夜の飲み会にはしゃぐのはいいけどさ、他のお客さんの迷惑になることはやめといた方がいいよ」
もう一人の子分、通称ザキが田中に詰め寄る。
「うるせぇよ! お前ら反社がでかい口叩くなよ。俺は真っ当な正義のためにやってんだよ! 社会のゴミを掃除してやってんだ!」
田中はさらに口汚く罵る。
「全部証拠として残してやるからな!」
「そりゃあすごい。じゃ、俺の方も証拠残しておこうか。あんたが無許可で撮影して、プライバシー権の侵害してるところを」
「ワンチャン営業妨害も付くかな」
「バカ言え。俺の弁護士チームは最強だからな。俺は法を厳守して違法営業店をこの町から追放するんだぜ!」
タカは知らん顔でポケットからスマホを取り出し、撮影を始める。
「は~ん、どうぞどうぞ~。俺の一万人のリスナーはどう判断するかな? 俺と反社、どっちを信じると思う~?」
「フォロワー一万人? うそだろ」
タカが鼻で笑った。
「すげーな、一万人でそんなにイキれるもんなの?」
ザキが追い打ちをかける。
「なっ、なんだと。まだ登録から3ヶ月だからな! なめんなよ」
「俺は裏垢で、一ヶ月でフォロワー2万人いるけどな」
タカがスマホを操作する。
「あ、3万人になった」
タカのフォロワーはもちろん同業者や全国各地にいる若い衆だ。
「は~ん、お前の裏垢なんかすぐに特定して潰してやるよ」
「どうぞご勝手に。俺はこんなチンケなもんで凌ぎしてるわけじゃないんでね」
「なっ……」
一瞬たじろぐも、すぐに威勢を取り戻す。
「ヤクザにケツモチさせてる時点で怪しい店だよな。ナイトバタフライさん完全に黒っすね。真っ黒でーす! 営業停止、終了で~す」
その時。
田中のスマホが着信を知らせた。
「え? 電話? こんな夜中に……。は? 母ちゃん?」
倫太郎はカウンターで、ニヤリと片方の口角を上げた。
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※この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、場所、事件などはすべて架空のものです。実在の人物、団体、企業、地域などとは一切関係ありません。
また、作中における特定の文化、法律、職業、風俗などの描写は、エンターテインメントの一環としての創作であり、現実のものとは異なる場合があります。読者の皆様には、あくまでフィクションとしてお楽しみいただければ幸いです。
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