第5話 どこまでも塩対応なベビーフェイス社長

「あーーーーー! スッキリした」


 と言ってみた。


「ぎゃははははははーーー」


 と笑ってみた。


 なんだろう?


 どうしてだろう?


 なんかスッキリしない。

 なんか思ってたのと違う。


「あのー、俺、もう帰っていいっすか?」


 会場の近くにあった威勢のよさそうな居酒屋に、倫太郎を連れ込んだ。


「えー、もうちょっと! もうちょっと一緒に飲みましょうよー」


 既に生ビールを3杯体内に収めた私に、もう怖い物はほぼない。


「ここはー、私がー、奢りますからー!」


 金は天下の回り物!

 明日は明日の風が吹くってか~。


「はあ……」


 すっごく、迷惑そうで、すっごく帰りたそうな倫太郎を半ば強引に引き留めている最中だ。

 だって、一人でいたくなかったのだ。

 今夜だけは、誰かと一緒じゃないと、高い高いビルの屋上から身を投げてしまいそうだったんだ。


 あの人、きれいだったな。

 洗練されたメイクで大人びた印象だったけど、顔の造形は可愛らしくて、ちらりと覗いていた胸元はグラマーで。

 どっかで見た事あると思ってたら、MyTube発のアイドルだって。


「倫太郎はー、社長なんだね。すごいね」


「はあ……。すごいのは俺じゃなくて親っすけどね」


「親? そっか、跡取り? それとも親に資金援助してもらったの?」


「どっちもっす」


「へぇ、お坊ちゃんなんだね」


「そんなんじゃないっすよ」


「倫太郎はいくつ?」


「28っす」


「ええええええーーーーー?? 見えない! ごめんなさい。年下かと思っちゃった」


「はは。よく言われます。アラサーっすよ」


「じゃあ、もっと飲もう! 今夜は祭りだー! ハロウィンだー、もうすぐ師走だぞー!」


「いや、俺、酒飲めないっす」


 つくづく面白くない男だ。全然盛り上がらない。

 かと言って、今一緒にいてくれる可能性があるのはコイツしかいない。

 未菜ちゃんはバイトだし。


 倫太郎はチラチラ腕時計を気にしては、コーラをちびちび飲んでいる。


「もしかして、何か予定あった? もしかして彼女とかいた?」


「いや、そんなのはいないっす」


「へぇ、かっこいいのに。彼女作らないの? モテるでしょ?」


「さぁ? どうだろう? モテた事はないっすね」


「それはうっそだー!」


「いや、ほんとっす」


 終始、表情はあまり変わらない。

 どこまでも無表情で受け答えする倫太郎。


 掴みどころがなくて、どう接したらいいのかよく解らなかった。


「何食べる? 倫太郎は何が好き?」


「あー、何でも」


「何でもが一番困るのよねー、あげたこは?」


「ああ、まぁ好きでも嫌いでもないっす」


「出汁巻き卵は?」


「ああ、まぁ好きでも嫌いでもないっす」


「揚げ出し豆腐は?」


「それは好きっす」


「じゃあ、揚げ出し頼もう。すいませーん」

 店員に手を上げて、揚げ出し豆腐と枝豆とあげたこを注文した。


 店員さんがあまりにも私の顔をじろじろ見て来るので、もしかしたら酷い顔をしているんじゃないかと思い至る。

 そう言えば、雨に濡れたり、泣きわめいたりしていた。



「ちょっとお手洗い行って来る」


 そう言って立ち上がる。

 化粧が剥げて、酷い顔をしているのかもしれない。

 お手洗いで確認しなければ。


 一歩踏み出した瞬間、ぐらっと視界が歪んだ。


 ――え? うそ。


 すきっ腹に3杯の生ビールは思い他効いたらしい。

 これは、悪酔いするパターン?


 ふらふらとおぼつかない足取りでトイレへと向かう。





 そこからの記憶がない。


「んっ、んーーー」

 あ、頭が痛い。痛すぎる。


 気が付いたら、ふかふかの暖かいお布団にくるまれていた。

 え? ホテル?

 間違いなく家ではない。


「あ~、こいつ、暴露系とかって、この頃話題のツイッタラーですね」

 男の声がする。


「フカシ野郎じゃねぇか」


 え? なんて言ってるの?


「こいつを型に嵌めて欲しいっていう依頼が3件入ってます。さらいますか」


 さらう? て?


「報酬は?」


 倫太郎の声だ!


 けど、内容があまり入って来ない。

 男数人でひそひそと話す声だけが耳をかすめては通り過ぎる。


 ここは一体どこなんだろう?


 とにかく頭が痛くて、喉も痛くて、寒い。

 布団に包まれているのに、寒くて仕方がない。


 そして瞼が重い。

 ずるずると別世界へと引きずり込まれて行く。



「———はっ!」


 重い瞼をこじ開ける。

 あれからまた眠ったみたい。どれだけ時間が経ったのだろう?


 真っ白いレースのカーテンから黄色い日差しが差し込んでいる。


「んーーー」


 唸りながら起き上がり、気付く。


 ――服を着ていない。

 ブラジャーとパンティだけだ。


「え? ええええーーー????」


 ドアがバンっと開いて、倫太郎が入って来た。


 ここは、まるでデザイナーズマンションみたいに洗練されたおしゃれな部屋。

 書斎?

 重厚な木製の机に、壁一面にはめ込まれた書棚。

 私が寝てるのはセミダブルのベッドだ。


 という事は……。

 

「え? いや……」

 急に恐怖が押し寄せて、胸元を隠すように両手で自分を抱きしめる。


 甘いベビーフェイスに油断し過ぎてしまった。

 男はやっぱりみんなケダモノだったのね。


「やっと起きましたね。もうお昼っすよ」


「へ? は、はいっ」


「お水、いりますか?」


 昨夜に増して、機嫌の悪そうな倫太郎。


「ひっ、い、いえ、大丈夫です」


「あのぅ、アレだったら、もう帰ってもらっていいっすか? ここ、俺んちなんで」


「へ、は、はい! すぐに。あ、あのー? 昨この状況は……」


「昨日、トイレから戻って、急に踊り出して、アワナテキーラ! と叫びながら、ショットグラスで、テキーラを10杯一気しました」


「ひえっ」

 テキーラ出すタイプの居酒屋だったかー。


「10杯目で白目剥いて、救急車を呼ぼうとしましたが、持ち直して俺の首に腕を回し、うちにおいでーとしつこく強引に持ち帰ろうとしました」


「きぃえええーーー」


 やめて、やめて。これ以上聞きたくない、聞きたくなーーーい。


「ところが、途中で意識を失って寝てしまったので」


「はわわわ、ごめんなさい」


「そのまま捨てて帰ろうかと思いましたが」


「鬼―!」


「はい、人としてそれはどうかと思い、ここへ連れて来た次第です」


「あのー、確認、なんです……けどぉ。私達ってぇ……昨夜……」


「何もありません」


「ですよねー」

 酩酊状態で、よだれが出るほどのイケメンとまぐわうなんて、小説の中だけのお話だったかー。


「ゲロまみれの服は洗濯して乾燥済みです」


 倫太郎はそう言って、ベッドの足元の方を指さす。

 藤製のランドリーボックスに、丁寧にたたまれている私の一張羅。


「た、た、大変申し訳ございません」


 ゲロしてたかー。


「あと、居酒屋の会計は、立て替えておきました」


「すぐに清算させていただきばずーーー」


 慌てて着た服は、ふわりといい匂いがした。

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