第12話

 心の中を勝手にのぞかれて、怒らない人はいないだろう。あるいは、気持ち悪いとか、卑怯だとか、そんな私をなじる言葉がラーシュの口から出てくるのを、じっと、断罪されるような思いで待っていた。

 けれど、彼はどちらもせず、「すごいな」と目を丸くして驚いた。


「エスパーみたいだ。日本は、ミステリアスだな」

「……あの、一応言っとくけど、日本で普通に起こる現象じゃないから、たぶん。――それより、怒らないの?」

「怒る? なぜ? 確かに、少し、変と思っていた。会話、内容が合っていないこと、多かったから」


 これで納得がいった、というように、ラーシュは何度も頷いた。でも、それでは私の方が納得いかない。


「……だって、だましてたみたいなものだよ。英語ができるふりしてた。本当は、勝手に心を読んでいたのに」

「それは、なぜ?」

「えっ……」


 直截ちょくせつ的すぎる質問に、またも私は言葉に詰まった。いろいろ言い訳を探したけれど、結局本音しか見つからない。


「……ラーシュと、仲良く、なりたくて。英語で会話できたら、特別になれるんじゃないかって……」


 そう言うと、ラーシュは微笑んだ。そして、ベンチに座る私の前にかがみこむ。


「それは、俺、怒らない。俺も、同じだ。コトハが優しいから、仲良くなりたいと思った」

「でもそれは、何を考えてるか分かったから……」

「違う。コトハが英語で話そうとする、嬉しかった。日本語、苦手だから、まだ。鳥に餌やること、一緒にやりたいと言ってくれた。嬉しかった。同じこと、クラスメイトに言った。でも、それよりカラオケが楽しい、一緒に行こうと誘われた。それも、確かに嬉しい……、でも、俺、コトハの言葉の方が好きだった」


 彼の真摯しんしな言葉が、一つ一つ心にしみこんでいく。


日向ひなたぼっこの場所の相談も、コトハ、真剣に考えてくれた。クラスメイト、おじいさんみたいと笑ったけれど」


 一度、言葉を切って続ける。


「それに、コトハ、俺を助けてくれた。ダーラナホース。覚えてるか? あの時も、今日も。だから、俺が怒る理由はない……、違う、一つあった」


 彼は、こつんと私のおでこを小突こづいた。そうしながら、「めっ」と眉間みけんにしわを寄せてみせる。


「女性が一人は、危険だろ。……日本、こうやって怒ると聞いた」


 ラーシュはそう言って、照れたように微笑した。

 私は慌ててうつむいた。涙でにじんで、彼の笑顔がぼやけたからだ。

 優しいのは、ラーシュの方だ。こんな時でも、私の心配をしてくれる。私は、自分のことばかり考えていたのに。


 それに、彼と一緒にいて、よくわかった。

 私は、ずるくて臆病だった。苦手なのだと言い訳をして、誤解されても、それを解く努力をしてこなかった。ただ諦めて、口をつぐんだ。心を閉ざして、他の人と距離を置いた。


 ラーシュに対しても、そうだ。誤解されたり、嫌われたりする前に離れようとした。何も告げずに、一方的に。

 でもそれは、結局できなかったけれど。


「……ねえ、ラーシュ。私、明日からも、ここに来ていいかな? もう、心の声は聞かないし、聞こえないと思うけど……」


 ラーシュは教えてくれた。諦めないこと。伝わるまで、言葉を尽くすこと。

 私も、今度ばかりは、諦めたくない。

 心が読めなくなったって、英語で会話できなくたって、きっと、心は望んでしまうから。

 どんな形であれ、彼と心を通じ合わせたいと願ってしまうのだ。


「もちろん。だから、言葉がある。そうだろ?」


 そっと顔を上げると、ラーシュは変わらぬ微笑みで頷いてくれた。

 この願いが彼への想いだとしたら、もう種は芽吹いてしまった。

 この芽はどんなに抑えようとしても、心を栄養分にして育っていくだろう。やがて、葉が出て開いたら、どうか見てほしい、気づいてほしいと、つるを伸ばしてしまうだろう。


 たとえ、言葉が足りずに誤解を生むとわかっていても。

 それでまた、傷つくかもしれないとおびえながら。

 それでもなお、諦めずに言葉を尽くせば、きっと、今までとは違う関係も築けるから。


(明日、雁谷さんとも話してみようかな……)


 私の表情がほぐれたのを見て、彼は笑みを深めた。

 時折見せる、目を細めた微笑。

 と、ふいに、彼は困った顔をした。


「Ah…,was it be leaked that I thought you were pretty sometimes……?(もしかして、かわいいって時々思ってたこと、ばれてたんじゃ……)」

「え? なに? なんて言ったの?」

「……no, なんでもない」

「――ふぇっ!?」


 なんでもないと言いながら、ラーシュは手を伸ばして私の頬をつまんだ。

 痛くはないけれど、顔を触られるのはまだ慣れない。赤くなって抗議しようとしたら、彼の頬もうっすら染まっているのが見えた。


「……ラーシュ? やっぱり、怒ってる、よね?」

「怒っていない」


 そう言うくせに、やっぱりラーシュはちょっと不機嫌そうで、顔を覗き込もうとすると顔をそらしてしまう。


「怒ってるならちゃんと言ってよ。言わないとわかんないんじゃなかったの?」

「だから、怒っていない!」


 そうこうしているうちに夜が更けて、気温がぐっと下がっていく。遠くでかすかに鳴るキラキラした音が耳朶じだを打った。

 もう少し待っていれば、彼が今何を思っているか、わかるかもしれない。

 ……けれど。



 ――さて、この誤解は解くべきか否か?

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白い息吹とココロの葉 ヨムカモ @yomukamo

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