第10話

「もうやめてください!」

「……は?」


 突然見知らぬ女に怒鳴られた彼らは、「なんだこいつ」と言いたげな表情をこちらに向けた。

 胡乱うろんな目つきに思わずひるむ。

 とっさに叫んでしまったが、知らない男子の集団に話しかけた経験なんてほとんどない。自分の突飛とっぴな行動に泡を食いながら、引っ込みがつかず食い下がった。


「あ……、あなた達なんでしょう、ラーシュに嫌がらせしたの!」

「――あんた、誰? 何言ってんの?」


 無視して通り過ぎようとしていた三人は、険しい表情をして、私を取り囲んだ。皆、私より身長が高く威圧感がある。


「あ! こいつ、見たことある! あいつとよく公園にいる女だろ」

「は? じゃあまさかこれ、あいつのカノジョ?」

「ち、違います! 私はただの友達で……」

「ただの友達がなに? なんで俺たちに難癖なんくせ付けてきてんの」

「証拠があんのかよ、証拠が」


 にじり寄られて、恐怖で足がすくんだ。目に涙が浮かぶ。のどが詰まって、声が出なくなる。


(だめだ、怖い……。やっぱり私には無理なんだ。ここは、謝って逃げて。そうして、明日、ラーシュに言えば……!)


 ――ラーシュに、言ったら……。


 どういう反応をするだろう。

 この人たちが犯人だと言いつけたとして。でも、何の証拠もない。理由を聞かれても答えられない。


 一瞬、彼の悲しそうな顔が浮かんだ。

 憶測だけで糾弾きゅうだんするのは、ラーシュが嫌っていたことではないか。


 ――それに、ラーシュだったら。


 こんな程度であきらめない。一対多だって、どんなに不利な状況だって、誤解されたら、誤解が解けるまでやめない。


 気持ちが通じるまで。

 意志が伝わるまで。


(……そうだ。証拠ならあるんだ)


 目に見えないだけで。

 私は知っている。この人たちの中にある思い。隠している声。漏れ聞こえてきた本音。


 ――あとは、それを、彼らの心の中から引きずり出せばいいだけだ。


「で、でも、私、聞きました……! あなたたちが、ペンをこっそり鞄に入れたって」


 彼らは顔を見合わせた。怪訝けげんそうな表情をしている。

 冷や汗をかきながら、私は言いつのった。


「い、言ってたでしょう!? このコンビニの中で! 私、本当に聞いたんだから!」


 うまく言えているだろうか。声が上ずった気がする。綱渡りのような感覚にめまいがする。

 三人のうちの一人がさっと顔色を変えた。


「……おい。あの時、誰もいないって言ったろ。ちゃんと確認したんだろうな」

「何言ってんだよ、お前らだって見てただろ。それに、あのはなししたのはコンビニの中じゃなくて裏――」

 そこで、彼らははっとして口をつぐんだ。


(――認めた!)


 言質げんちをとった。ラーシュをおとしいれたのが自分たちだと告白したようなものだ。これで堂々と、実際にこの耳で聞いたのだとラーシュに報告ができる。

 心の中でかっさいを叫んで身をひるがえした。


 けれど、一足遅かった。彼らは目くばせをし、私が周囲から見えないよう囲いを狭めようとした。それを無理やりすり抜けようとしたところで、乱暴に腕をつかまれる。


「痛っ……、は、離して!」

「今度こそ誰もいねえだろうな。先に行って見てこい」

「暴れるなって。ちょっと話するだけだから」


 よく見ると、コンビニと隣の建物の間に、ぎりぎり人一人が通れるくらいの隙間がある。


 ――ぞっとした。


 必死に抵抗したけれど、男子に力でかなうわけがない。暗い脇道に押し込まれようとした時だ。


「――コトハ!」


 今一番聞きたくなかった、けれど、この上なくほっとする声が聞こえた。


「っ! おい、あいつが……!」

「やばいぞ。おい、どうする」

「行くぞ、どうせ証拠なんかねえんだ」


 三人組は私を脅すようににらみつけると、ばたばたと去っていった。

 残された私は、冷たい地面に崩れ落ちた。手は震え、足には力が入らない。


 そんな私を、ラーシュが手を取って立ち上がらせてくれた。それから、私を抱えるようにして、橙色の街灯がともる道を公園へ向かってゆっくりと歩き出した。 

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