第5話

 彼はどうも歴史的な建造物や自然が好きなようで、わざわざ一本早いバスで通学して、途中にあるこの公園で時間をつぶしているらしい。今からバスに乗って学校へ向かう私となぜここで出会うのか不思議だったけれど、それを聞いて納得した。


 バスの時間が迫っていたので、彼とはそれで別れた。

 外国人とちゃんと話をしたのも、あんなイケメンと二人きりの時間を過ごしたのも、初めての経験だ。この先彼と関わることは二度とないだろうし、貴重な思い出として大事にしよう。


 そう思っていたら、数日後、公園内の小さな森のようになっている一角で彼を見つけた。両手を器の形にして目の高さに掲げ、空を見上げている。

 何をしているんだろう。

 好奇心に駆られた私は、気づかれないようそうっと近づいてみる。


『そろそろシジュウカラが下りてきてもよさそうだけど……』


「――シジュウカラ?」


 思わずつぶやいてしまって、慌てて口をふさいだ。しかし、時すでに遅し。彼は両手を下ろし、こちらを振り向いていた。


『あ、えーと……。コトハ、だったか……?』


 ここまできたら、知らないふりはできない。とりあえず、挨拶だけでもするべきだろう。


(えっと……、ラーシュさん、はおかしいよね。だとすると……)


「――は、ハイ! ラーフュ……っ!」


(か、噛んだ……!)


 たった二言なのに撃沈した。あまりの恥ずかしさに、一瞬で顔が沸騰する。

 ラーシュは数度瞬きすると、豪快に噴き出した。次々と生まれる白い綿からは、


『さすがコトハ』

『ハズさない』

『朝から絶好調』


と、私をほめたたえるズレた言葉の数々が音を立てて流れ出る。

 違うから。

 私、別にふざけてないから!

 そう必死に弁解したけれど、彼は笑うのに忙しくて聞いていやしなかった。


(……でも、まあ、いっか)


 思い切り笑われたおかげで緊張がほぐれた。怖い顔でにらまれるより、ずっといい。

 彼はひとしきり笑った後、樹上と私の顔を交互に見た。


『シジュウカラ、知ってるのか?』

「えっと、それって鳥だよね? もしかして……、アーユーギビングフードバード

(食べ物の鳥を与えているの?)」

『……鳥に餌をやっているのかって意味なら、そうだよ』


 わたしのたどたどしい英語を、彼はなんとか聞き取って返答してくれた。不自然な咳払いを何度か挟んでから、続ける。


『あんたも、つまらなそうだと笑うか?』

「まさか! じゃなくて、ノー! アイウォントゥーイット、トゥー!(私もやりたい)」


 実際にやらせてくれとねだったつもりではなかったけれど、彼は微笑んでヒマワリの種を分けてくれた。


『こうしてしばらく動かないで待っていて』


 言われたとおりに種を両手に乗せて、身動き一つせずに待つ。

 十分も経った頃だろうか。かすかな羽音がしたかと思うと、手のひらに一羽の小鳥がちょこんと乗った。


(う、わあっ……!)


 黒い頭が目立つ薄水色のそれは、冬毛で膨らんだ丸っこい体を支えるため、か細い足でぎゅっと私の指をつかんだ。種をつついて何度かはじくと、一つだけくわえてさっと飛び去る。


「あっ……」


 ほんのわずかな邂逅かいこうだった。けれど、指と同じくらい強く、心臓もわしづかみにされた。


「か、かわいいっ! えーと、キュート、ベリーキュート!」

『コトハ。静かに。興奮しすぎだ』


 そう言いながら、ラーシュも声を上げて笑った。

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