伝えたいことは一つだった。〜王女の最期のとき〜
Y.Itoda
短編
*いつも読んでいただきありがとうございます。
切なめでいきます。
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私はこの世界に生まれ落ちた瞬間、以前の記憶をすべて持っていることに気がついた。
赤子の私に、名を与えたのは母だった。「アンナリータ」と。
アスラント王国の第二王女。
前世とは打って変わって、今世では王族としてこの世に転生したのだとすぐに理解した。前世の私は平凡な会社員で、目立つこともなく、一人静かに暮らしていた。それが今や王女であり、しかも魔法の才能に恵まれているとは、なんとも不思議な運命だ。
物心つくころには、自分が並外れた力を持っていることに気づいた。特に魔法。小さなころから火や水、風や土を操ることができ、その力は日に日に強まった。
両親も兄も私の才能を誇りに思っていた。だが、私がその力をどう使うべきか、真剣に考えるようになったのは、戦乱の世に放り込まれたときだった。
アスラント王国は、常に隣国との争いに巻き込まれていた。十カ国がひしめき合い、自国の利益を追求するために戦いを繰り広げていた。
毎日のように領土を奪い合い、兵士が戦場で命を落としていく。私もその一部だった。魔法の才能を認められた私は、幼くして戦場に送り込まれた。
破壊魔法の天才と称され、戦場で敵を薙ぎ払う私は、まさに国の切り札だった。両手を広げれば炎が巻き起こり、敵兵を一瞬にして灰に変える。雷を落とせば、大地が震え、兵たちは逃げ惑う。私の力を目の当たりにした誰もが、その破壊力に震え上がった。
だけど、私はそのたびに心を削られていった。
戦場に送られるたび、私は命を奪い続けた。
敵の兵士だけではなく、巻き込まれる村の人々や逃げ遅れた市民、さらには自国の兵士まで。私の力は圧倒的で、時には制御することができなかった。私は国のために戦っているはずなのに、どんどん心が冷え込んでいくのを感じた。
戦争が始まってからしばらくして、私は兄である第一王子ルカと共に戦場に立つようになった。彼は剣の名手であり、国民からも頼りにされる存在だった。そんな兄はいつも、戦場では冷静だったが、私に対してはどこか優しい眼差しを向けていた。ある日、私は問いかけた。
「兄上、私たちがしていることに意味はあるのでしょうか?」
ルカはしばらく沈黙した後、低い声で答えた。
「アンナ、意味を求めるのは無駄だ。戦争とはそういうものだ。だが、私たちには国を守るという責任がある。それが全てだ」
その言葉に、私は深く頷くことができなかった。守るべき国があるから戦う。それが正しいことだと頭では理解していた。しかし、心はどうしても納得できなかったのだ。
そんな中で出会ったのが、ジャンベルだった。
アンナは穏やかに微笑む。
「ジャンベル。あなたも少し年老いたわね。髪の毛に白ものが目立つわ」
「はい、おっしゃるとおりです。まだまだ若い者には負けませんけどね」
ジャンベルは優しく笑い、「私に比べ、あなたのその若さには脱帽いたします」と、言った。
肌に多少のシワが増えたとはいうものの、アンナの髪は艶やかで、依然として若々しく美しい。
「あら、相変わらずお世辞が上手ね」
アンナはにっこりとする。
「あの時、孤児ごと、村を吹き飛ばさなくて良かったわっ」
ジャンベルは戦争孤児で、当時20歳のアンナが、村に攻め入る敵国の兵を追っ払って、救ったのだった。
ジャンベルも笑う。
「全くです。当時、泣き叫んで良かったです」
アンナが到着したときには、すでに村は全壊になっていて、血気盛んだったアンナは、損壊した村と兵全てを一蹴しようとしたのだ。
そのとき、飛び出して命乞いしたのがジャンベル。
今では、アスラント王国軍の伝説的な英雄であり、その勇敢な戦いぶりで多くの兵士から尊敬を集めていた。
激戦のときには、魔法を使いすぎて体力を失い、倒れかけていたアンナを助け起こすなど、アンナとの絆も数え切れない。
「アンナ様っ、大丈夫ですか?」
彼の声は穏やかで、どこか安心感を与えてくれるものだった。私はジャンベルの腕の中で、しばらく息を整えながら、その静かな優しさに驚いていた。
「私は……大丈夫です。ありがとう」
「どうか、ご無理をなさらずに。アンナ様の力は国にとって重要ですが、あなた自身が倒れてしまっては元も子もありません」
戦場でのその言葉には、私を単なる兵器として見るのではなく、一人の人間として気遣う気持ちが込められていた。それが私にとってどれほど救いになったか、当時はまだわからなかった。
それからも私とジャンベルは戦場で共に戦うことが多くなった。
ジャンベルは私にとって戦友のような存在でもあった。彼のそばにいることで、私は少しだけ戦争の苦しみを忘れることができた。
でも、戦いは終わらなかった。
次第に、戦場でのジャンベルとの交流は、私にとってかけがえのない時間となっていった。常に冷静でありながらも、どこか私を安心させる存在だった。時折見せる笑顔は、戦場の冷酷さとは対照的で、私の心に少しだけ光を灯してくれた。
ある日、私たちが大きな戦闘を終えて城へ戻った時、ジャンベルが私に一言だけ言った。
「アンナ様は、戦争が終わったら、何をされますか?」
その問いかけに、私は驚いた。戦争が終わったら――。
そんなこと、今まで考えたこともなかった。
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目の前には、王宮の花園に広がる色鮮やかな花々が、優しく夕日を受けて輝いていた。
ここはいつも静かで穏やかだが、アンナの心にはかすかな違和感があった。平和なはずのこの場所で、心の中では終わらない戦争が続いているようだった。
ジャンベルが静かに言葉を放つ。
いつもなら「アンナ様」と呼ぶはずの声が、今日は違う。最大限の敬意を込めた、正式な呼び名――
「アンナリータ女王陛下」
アンナは驚く。
「どうしたの? いつもと違う呼び方で、少し照れくさいわ」
軽やかに笑みを浮かべて問いかけた。
目の前に立つジャンベルは、ほんの少し困ったような表情をしているが、いつもの冷静さを崩さない。
「今日は特別な日ですから。陛下」
その返事に、アンナはさらに微笑んだ。
「そう」
と。
「ねえ、ジャンベル、あの時のこと、覚えてる?」
ふと過去の記憶がよみがえり、アンナは少し楽しげだ。
ジャンベルは静かに頭を垂れ、アンナの話を待つ。花の香りがそっと漂う風が、二人を包んでいた。庭の花々が、王国の安寧を象徴するかのように美しく咲いているが、それでも心の奥に潜む不安を拭うことはできない。
「あなたの子供の頃のこと」
アンナが椅子から少し体を前に傾け、懐かしそうに遠くを見つめながら口を開く。
ジャンベルは、その瞬間を見逃さず、ゆっくりとうなずいた。
「私、13歳のジャンベルと、こっそり城を抜け出して、外の村に行こうとしたことがあったわよね? その時、あなたがすごいビクビクしていた顔が、今でも忘れられないわ」
ジャンベルは軽く息を吸い込んで、微笑んだままうなずいた。
「覚えています。国王に見つかったときは、心臓が止まるかと思いました」
「そうだったわね。でもあの時は、もっと外の世界を見たかったのよ。だって、戦いばかりで息が詰まってたんだから」
ジャンベルは微笑んだまま、静かに頷いた。
アンナが無茶をするのは、おなじみのことだった。だが、それがどれほどジャンベルを困らせてきたか、アンナは半分わかっていながらも、どこか楽しんでいたのかもしれない。
「あの時はさすがに叱られたわよね。あなたは、真っ青な顔で『申し訳ありません』って」
ジャンベルは少し恥ずかしそうに、過去のことを思い出していた。
「あの時は、本当に焦りましたからね。生きた心地がしませんでした。万が一は死を覚悟してました。あなたはほんとに何をしでかすかわかりません。悪党を見つけようなら、即刻、火あぶりにでもしそうでしたし」
「でも、無事に帰ってきたら、すぐにいつものあなたに戻ったわ。何事もなかったかのように、冷静に私に接してくれた。それがあなたらしいところよ」
ジャンベルはアンナの言葉を静かに聞いていた。
苦笑いを浮かべ、あの日の情景を心に浮かべる。王女を守るべき立場として、何が起こったかを今でも鮮明に覚えていた。
誰もが見守る中で、アンナが無事に戻ってきた瞬間の安堵、そして、責任感が胸を締め付けたあの時の思いが、今も胸にある。
王宮の静寂が二人を包み込む中、アンナの心は次第に過去から現在へと戻ってきた。
今、戦乱の世はほぼ終息を迎え、アスラント王国もかつての勢いを取り戻しつつある。
しかし、それでも完全な平和が訪れたわけではなかった。まだ、隣国との衝突は続いている。
「ねえ、ジャンベル。私は結局、何も残せなかったのではないかと思っているの」
アンナは少し寂しそうに、ふと遠くを見つめながら呟いた。声は遠くを見つめるようなものになり、ジャンベルはその言葉に深い共感を抱きつつも、黙って耳を傾ける。
どんな時も、王女は自分の意思を貫いてきた。それが何よりも尊いことだと信じているからだ。
「戦いの中で多くのことを学んだわ。私たちは強くなるために戦ってきたけれど、その戦いが本当に必要だったのか、今でも考えてしまうの。国が三つにまでまとまった今でも、争いが絶えないのを見ると、何かが違うのではないかって」
アンナの目には、一瞬の悲しみが浮かぶが、それはすぐに消える。ジャンベルはその変化を感じ取る。隣にいる者として、言葉にしなくても理解できる絆がそこにあった。
「あなたがいてくれて、本当に良かった」
その言葉は、これまでの感謝の気持ちを込めて紡がれる。ジャンベルは何も言わず、ただ深く頷く。それが、彼にとっての最大の返答だった。
「私には才能があった。あの時代の誰よりも強い力を持っていたのに、それでも戦いを終わらせることができなかった。私が死んだら、この国はどうなるのかしら」
ジャンベルはその言葉に答えず、ただ静かに彼女を見つめていた。
アンナの悩みは、ジャンベルもずっと理解していた。
誰よりも優れた魔法の力を持ちながら、その力が平和をもたらすどころか、戦いを加速させてしまったことを悔いていた。
アンナの願いはただ一つ、国民と国を守ることだった。
「陛下、私はただ、あなたの意志を支え続けてきたに過ぎません。もし私が少しでもお役に立てたのであれば、それだけで十分です」
ジャンベルは静かに、穏やかな声で応えた。
戦場では剣を振るい、命を賭して守ってきた存在。その姿は、王国中で尊敬の的だった。しかし、アンナにとっては、ただの「信頼できる隣人」だった。
それが何よりもアンナを安心させていた。
「そう言われると、少し照れ臭いわね。でも、本当に、あなたには感謝しているのよ。何度も私を支えてくれた」
アンナは微笑んだ。
その微笑みは、戦乱に疲れた心を一瞬でも和らげるものであり、ジャンベルにとってもそれは特別なものだった。戦場での激しい日々の中で、唯一感じられる平和の象徴でもあった。
「ねぇ、ジャンベル。この戦いが終わったら、どうするつもり?」
アンナはふと問いかけた。
その質問には、未来に対する期待と不安が混ざり合っていた。過去のジャンベルの問いのお返しのつもりでももある。
「もしこの国に平和が訪れたなら、私はあなたにどんな命令をされても従います。陛下の望む未来を一緒に見たいと、そう思っています」
ジャンベルの答えはいつも誠実で、心に響くものだった。常に忠実であり、決して自分の野心を前に出すことはない。それが、アンナにとってどれほどの支えになっていたか。
「それなら、私が望むことを約束してくれる?」
アンナは椅子に深く腰掛け、じっとジャンベルを見つめる。
その瞳には、少しだけ緊張が見え隠れしていた。
ジャンベルはその視線を受け止め、再び頷いた。
「もちろん。陛下が望むことなら、何でもお受けします」
その答えに、アンナは小さく笑みを浮かべた。
「なら、戦いが終わったら、私と一緒にどこか静かな場所で、ただの普通の生活を送ってみたいの。私の夢は、平穏な日常を生きることだったのよ」
その言葉は、戦いに明け暮れたこれまでの人生とは対照的だった。平和な日常。それは、常に戦争に巻き込まれてきたアンナにとって、手に届きそうで届かなかった夢。
その言葉を聞いて少し驚いたが、すぐに深い共感を覚えた。ジャンベルもまた、戦場で命をかけて戦うことに疲れを感じていた。そして、アンナの夢を共有することができるなら、それ以上の喜びはなかった。
「それがあなたの望みなら、私もその夢を叶えるために尽力します。王女ではなく、一人の女性としてのあなたと共に歩むことを、誇りに思います」
アンナはジャンベルの言葉を聞き、静かに目を閉じた。心の中で、戦いの日々が次々と蘇る。失った仲間、破壊された町、そして奪われた命。それでも、そのすべてを乗り越えて今がある。
私たちは昔話に花を咲かせながら、笑い合った。
現在、私は63歳。王国をここまで導いてきたが、戦いはまだ完全に終わっていない。かつて十カ国に分かれていたこの大地も、今では三カ国にまとまった。しかし、他の二つの国は未だに争いを求めている。
「ジャンベル。やっぱり私はね、結局何も残せなかったのではないかと思うの」
私は静かに、語りかけた。
これまでの人生、数々の戦いに身を投じ、多くの命を救ってきた。それでも、まだ戦いは終わらない。
「私は才能があったのに、この世界に平和をもたらすことができなかった。まだ、たくさんの人々が苦しんでいる」
私の言葉に、ジャンベルは首を振った。
そして、陛下、と口ずさむジャンベルの口に手を当てる。
ジャンベルは、私に、来るべきときが近づいていることを覚悟したような表情だった。
アンナ様、と優しく語りかけ、話を続ける。
「アンナ様は、国をここまで導いてこられた。あなたの功績は数え切れないほどです。誰もがあなたを敬愛し、感謝しています」
「でも、」
と言うアンナの言葉をさえぎる。
「心配はいりません。あなたの意志は、この国に生き続けます。私も、あなたが守ってきたものを、これからも守っていきます」
ジャンベルの言葉は力強かった。
私は感謝をしつつ、前世の記憶を思い返した。
あの時の私は、一人ぼっちだった。だけど、今世では、多くの人々に囲まれ、愛され、幸せだった。
何不自由なく生きてきたが、ただ一つの心残りは、戦いが完全に終わらなかったこと。
でも、私の意思は引き継がれていくはずだ。
もう、息をするのも辛かった。
「……ジャンベル。子供たちを、アスラント王国をよろしくね」
ジャンベルの手が、そっと私の冷え切った手に触れ、温かい。
ジャンベルは力強く、柔らかな笑みを浮かべ小さく頷いている。ジャンベルなら国王として立派にやってくれるはず。
「あなたの夫になれてよかった……」
まさか、こんなにも晴れ晴れと死を迎えるとは、夢にも思っていなかった。
「……あなたに出会えたおかげで、私は幸せよ」
なんて、綺麗な風景なのだろう……。
真っ白にキラキラとしている。
「……ジャンベル」
私にはもったいないくらいの最期だ。
最後に僅かながらに、声が溢れる。
「あいしてる」
私はジャンベルの腕の中で、静かに息を引き取った。
終
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