その55 好奇心&好奇心

 純白のテーブルクロスがかけられた、豪華な食事の場。


 流石は学園図書館。

 お金がかかっている。


 この読書パーティーのために集まった生徒は全部で十八人。豪華で美味しい食事が目当てで相手役パートナーになった生徒もちらほらいるようだ。


 当然俺はエリザベスの隣にいるわけだが、なぜかルーナが腕を絡めてくる。


 困ったように白竜を見るも、彼はニヤッと不敵な笑みを浮かべ、俺達からさっと離れた。


「それでは、食事の席に着いてください」


 感情のこもってない声で、エリザベスが全体に指示を出す。

 なんだか怒っていそうだ。


 俺は何も悪くないというのに。


月城つきしろさん、オスカーくんはあたしのパートナーなんですけど」


「あら、ここは交流の場よ。ワタシがオスカーと関わっても、何の問題もないわ」


 女子同士のごたごたした争い。

 俺はあまり好きではない。堂々と意見をぶつけ合い、敵味方をはっきりさせる方が好みだ。


 二人が決着をつけろというように俺を見た。


 俺はルーナの腕を振りほどき、自由になった腕を大きく広げた。天井に視線を送り、目を細める。


「俺は誰のものでもない。世界に認められた、孤高の存在だ」


「あら、ワタシはどこまでもアナタを追いかけるわ」


 ――不発。


 エリザベスを困惑させることには成功したが、ルーナには効かない。

 俺を見つめるその瞳は、もう完全に狂気だ。永遠に逃れられないような気がしてきた。誰よりも恐ろしいタイプの女性だ。


 それにしても、ルーナは俺に対して恋愛感情を抱いているんだろうか。


 セレナが恋愛感情だとすれば、クルリンやミクリンは尊敬リスペクト、アリアは好奇心を俺に対して持っていると思う。だとすると、ルーナの感情は何か。


 好奇心が発展したものだろうか。

 おそらく、純粋な恋慕とはまた違う系統のものだ。


『お取込み中失礼するね。オスカー君に話したいことがあるんだけど、彼を少し借りてもいいかな?』


「駄目よ」


「困ります」


 いきなり割り込んできた白竜はくりゅうに対し、速攻で断る二人。


「ありがとう! じゃあ、オスカー君を借りるね!」


 荒っぽく袖を引っ張られ、本棚の裏に連れていかれる。


 白竜にとって、断られることはさほど重要なことではなかった。返事などどうでもいいのだ。強引に行けばなんとかなる。


 俺の誘拐があまりに完璧の手際だったので、女子二人は反応することすらできなかった。


「すまないね、オスカー君。実はきみに聞きたいことがあるんだ。どーしても、気になることでね」


「どうした?」


「いやー、ガブリエル君から聞いたよ。五十嵐いがらしアイザック君に手を焼いてるんだって?」


 想定内の質問だ。

 九条くじょうと通じている白竜が、五十嵐のことを把握していないはずがない。


「なに、もうすぐ事態は片づく。心配はいらない」


「別に心配してるわけじゃないさ。ボクはどうやって・・・・・アイザック君に対抗するのか、それが知りたいんだよ。確か、毒をもって毒を制す、だったっけ?」


 九条はなんでもかんでも話すらしい。


「その通りだ」


 あえて答えを言わず、黙り込む。


 白竜がその綺麗な顔で微笑んだ。


「ボクに教えるつもりもないんだね。うーん、力でねじ伏せる気かな?」


「なに、それは最終手段――いや、最初の一手に過ぎない」


「随分と大胆だ」


「俺とて、あの男に好き放題やらせておくわけにはいかない。九条と同じく、腹を立てている」


 いや、正直、腹を立てているどころではなかった。

 激怒……憤慨……五十嵐に対する激しい殺意。権力を行使し、女性を穢すことほど醜いものはない。


「それは、きみの相手パートナー淑女レディのことがあるから、かな? 実は少し前に、あの子がアイザック君に絡まれているのを見たものでね」


「止めたのか?」


「勿論さ。アイザック君が動揺していた隙に逃がしたけど、あの後は大変だった。調子を取り戻した彼が、お前を退学にしてやる、とかなんとか言ってきたわけだからね」


 それは相当危機的な状況だと思うが、白竜は楽しそうだ。

 楽観的なところは俺とよく似ている。


「俺と九条も同じようなことを言われた」


「そうらしいね。流石にそこまでの権力を持っているとは思えないけど……五十嵐家だから、安心はできないんだなぁ、これが」


「そうだな」


「五十嵐家よりも上級の貴族は、桜小路さくらこうじ家か、城ヶ崎じょうがさき家か、一ノ瀬いちのせ家か……」


 白竜が疲れ切った表情を見せた。


 生徒会の幹部にいる連中は皆、平民出身だ。それは生徒会が完全に実力主義であることを意味する。

 貴族出身で努力を重ねて勇者を目指しているのは、一ノ瀬・・・グレイソンくらいだろう。


「ボクは貴族のことについてさほど詳しくないし、そういうことを考えると頭が痛くなるよ、まったく」


「俺もだ」


 同時に溜め息をつく俺達。

 そろそろ食事の席に戻らないと、ルーナが飛んでくるだろう。


「話はそれだけか?」


「まあ、そんなところだね。結局何も聞き出せずに終わっちゃったけど」


「そのうちわかる」


「楽しみにしておくよ」


 生徒会副会長の白竜アレクサンダーと、ただの・・・一年生である西園寺さいおんじオスカー。


 まただ。

 また生徒会の幹部と親しげなことをしてしまった。なかなか盛り上がる。


「ちなみに、夏休み明けの勇者祭だけど、きみと戦えることを楽しみにしているよ」


「勇者祭か……」


 何度も聞く勇者祭という言葉。

 自分の実力を試す上で、多くの生徒にとって有益な行事だ。


「不吉な予感がする。闇の使い手が、混沌をもたらす……」


 意味深な俺の台詞セリフ


 ここまで余裕を貫いてきた白竜だが、初めてその顔にまどいが現れる。


「不吉な予感? 混沌? 勇者祭で、何かが起こるとでも?」


「それは――」


 天を指さす。

 だが、そこは空ではなく天井だ。図書館の中なので仕方ない。


「――神のみぞ知ることだ」

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