その56 迷いのない瞳

 食事会は順調に進んだ。


 俺のために用意された食事は、前菜がサラダでメインディッシュが羊肉ラムのステーキとサーモンのソテー。

 シンプルな味付けで、無駄な調味料や香辛料は入ってない。


 料理人シェフは一流だ。俺のわがままな注文オーダーもしっかり守ってくれている。


 一応涼風すずかぜにも明日感謝の言葉を述べておこう。


「オスカーくん、パーティーが始まる前にした話、覚えてる?」


 会食も終盤に差しかかっている。


 読書好きが多く集まっているということもあって、本の話題は尽きなかった。今でもすぐ近くで、眼鏡男子が好きな本についての熱狂的な紹介プレゼンをしている。


 ルーナにとっては残念なことに、食事の席はあらかじめ指定してあった。


 白竜はくりゅうとルーナは俺から反対の席に座っている。

 何か話しているようだが、多分本とは関係ないだろうなと思った。


「もしエリザベスがイライザと同じ立場だったら、という話か?」


 エリザベスは不安そうだ。

 まだどこか迷っている様子がある。


「何か抱え込んでいることがあるのなら、俺に話して欲しい」


「あたし……」


 ふと、彼女の希望を失った子犬のような表情を思い出す。


『物語の中で、イライザは自分で覚悟を決めた。どんな決断も、最後の決定権を持つのは自分自身だ。もし君が自分で覚悟を決めたのなら、俺はどこまでも君を支えよう。どんな逆境からも救い出してやる』


 あの時、俺はこう言った。

 この言葉には無限の可能性がある。


 エリザベスを救う一言になるかもしれないが、反対に、彼女を破滅に導く一言になるかもしれない。だが、それを決めるのも、エリザベス自身だ。


 俺にしてやれることは少ない。

 自分の問題は自分で解決しなくてはならないのだ。彼女を救うのは俺ではなく、彼女自身である。


「――あたし、決めた」


 紡がれた、決意の言葉。


 この短い間に何があったのかはわからない。だが、俺のかけたあの言葉が、彼女を奮い立たせたことに変わりはない。


 わざわざ聞く必要はなかった。エリザベスの瞳に、もう迷いは見えない。

 その意志を感じることができれば、俺は満足だ。


「そうか。ならば俺は、どこまでも君を支えよう」




 ***




 読書家達が、寮へと帰っていく。

 中には本当のカップルもいたようで、そのまましばらくイチャイチャしている男女も見かけた。


 読書パーティーは成功に終わったと言っていいだろう。俺も何人かの生徒と知的な会話ができたし、料理も美味しかったので満足だ。特に同じ〈1-A〉の葉加瀬はかせオラケルとは、レベルの高い会話が成立したと思う。


 もう夜の九時。すっかり暗くなり、外灯の輝きが夜道を照らしていた。


「それじゃあ、オスカー君、夏休みも楽しんでくれたまえ」


 上機嫌で帰っていく白竜アレクサンダー。

 とはいえ、彼もエリザベスのことを気にかけているようだ。瞳の奥に警戒の色が見えた。


「オスカー、今夜ワタシの部屋に来ない?」


 吐息を込めながら悪魔の囁きをする月城つきしろルーナ。


 残念ながら、今夜は忙しい。

 お色気ムンムン美少女に構っている暇はない。


「魅力的な誘いだが、世界がそれを許さないだろう」


「つれない男ね」


 ルーナは艶のある唇から投げキッスをしたかと思うと、案外素直に帰っていった。


「オスカーくん、そしたら、また明日」


「ああ、明日も面白い小説に出会えそうだ」


 この瞬間にも、は彼女を狙っている。

 視線に敏感な俺には、容易たやすいものだ。エリザベスが独りになった瞬間、奴は闇の世界より現れるであろう。


 俺は周囲に視線がないことを確認して神能スキル刹那転移ゼロ・テレポート〉を発動させ、ある場所・・・・へと移動した。

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