その54 意外な参加者
俺は
「五十嵐については俺に任せろ。もう二度と君を辛い目には遭わせないことを約束する」
男子寮と女子寮に別れるタイミングで、加賀美を安心させる一言。
彼女はもう完全に俺に信頼と好意を寄せている。
顔をほんのりと赤く染めた後、笑顔で手を振って寮に入っていった。
「九条、大丈夫か?」
加賀美が行ったことを確認して、未だに殺気を放出している九条を気遣う。
「貴様、五十嵐をどのように止めるつもりだ?」
「さあな」
「根拠もなしにあんなことを言ったのか? 生徒会の役員であっても止められない男だ。教師を使っても結果は同じだろう」
確かに九条の言う通り。
貴族だとか平民だとか、この王国ではさほど重要視されないということだったが、まだ身分の違いや立場の違いに苦戦することは多い。とはいえ、本当に五十嵐に俺を退学させるだけの力があるんだろうか。
奴がほらを吹いている可能性もあるが、変に手を出して事態が悪化することは避けたい。
「毒をもって毒を制す」
夕日が沈む。
薄暗くなり始めたゼルトル勇者学園。
俺は表情を緩め、瞳の奥に勝利の炎を上げた。
「何が言いたい?」
「毒には毒で対処することが最善だということだ」
***
八月十日。
いよいよ読書パーティー当日だ。
個人的にどんな顔ぶれが集まるのか興味があった。
「オスカーくん、今日はよろしくね。実は結構楽しみにしてたんだよ」
「それは良かった。今日もエリザベスの笑顔が見れるとは感動だ」
他の参加者の誰よりも先に図書館で待機している俺とエリザベス。
今日の学園図書館は読書パーティーのために完全貸し切り状態だ。飲食スペースにはすでに料理が用意されているらしい。
ちなみに、独り身には悲しいお知らせだが、読書パーティーへの参加権を持つ者は、必ずひとり異性の
今はさほどその意味合いが強くないものの、伝統的なもので、図書館司書がその風習に凄くこだわっているらしい。
俺は参加権のあるエリザベスと組むことになったが、参加権がある者が参加権のない者を
「そういえば、あたしの薦めた小説、読んでくれた?」
「当然だ。やはりイチオシの『勇者との決別』は桁外れの面白さだった」
自分が面白いと思って紹介したものを、相手も気に入ってくれると嬉しい。
エリザベスはふわっと笑顔を作り、例の小説について語り出す。
彼女の小説への愛――いや、『勇者との決別』への執着は異常なほどだ。一生止まらないのではないかと思うほど、語り続けている。
「――ねえ、オスカーくん」
物語の最高のシーンについて一通り話し終えると、急に真剣な面持ちになって聞いてきた。
「もしあたしが
俺を貫く瑠璃色の瞳。
まだ穢れはない。まだ彼女は純粋で美しいままの少女だ。
ここで俺が手を差し伸べなかったら、彼女は堕ちてしまうんだろうか。助けてやるという選択は、正しいのか。
「いや、俺は手を差し伸べるつもりはない」
「――ッ……オスカーくん……」
希望を失った子犬のような表情で、地面を見つめるエリザベス。
だが、俺の言葉には続きがある。
「物語の中で、イライザは自分で覚悟を決めた。どんな決断も、最後の決定権を持つのは自分自身だ。もし君が自分で覚悟を決めたのなら、俺はどこまでも君を支えよう。どんな逆境からも救い出してやる」
エリザベスの雫がこぼれた。
「安心しろ。俺がそばにいる限り、君が涙を流す必要はない。こうして話している間に、読書仲間が来たらしい」
俺の一声で、エリザベスが気持ちを落ち着けた。図書委員として、彼女は読書パーティーの進行を務めなくてはならない。
ちなみに、いろいろと厄介な図書館司書は本日欠席だ。
一年の中でこの日を楽しみに生きているという感じだったが、なんと昨日から風邪で寝込んでいるらしい。
図書館に少しずつ人が集まっていく。
異性のパートナーを連れた、緊張気味の読書家達。
何人か見慣れた生徒もいるが……まさか……。
『おっ、やったね。オスカー君じゃないか!』
生徒会副会長、
藍色の短髪に、白銀の瞳を持つ、小柄な美男子だ。
今まで図書館で見かけた記憶はない。
「嬉しいよ、きみも図書館通いの読書家なんだね。ボクは生徒会の仕事とかがあって、遅い時間に来てるからなぁ。ボクが図書館に来る時間には、ほとんど利用者がいないんだ」
そういうことか。
利用時間が違えば、会うはずもない。
そして、白竜の
「あら、オスカーじゃない。夏休みに入って会うのは初めてかしら」
生徒会幹部、
この読書パーティーは全員制服という決まりで、当然彼女も普通の制服姿だ。だが、スカートの丈は短くしているし、豊満な胸の谷間も強調。生徒の模範となるべき生徒会幹部が、そんなことをしていいのだろうか。
ルーナに見惚れている周囲の一部男子は喜んでいる様子だった。
「いやー、異性の
「それなら参加しなければいいだけの話だ」
「それがさ、風の噂で
「はぁ」
この副会長には困る。
まず、そもそもテンションが高い。魔王セトを討伐したのが俺だとわかっているようなので、それも当然か。
「でも問題は
「大変だったわ。アリアと初めて喧嘩したかも。結局、アリアは会長の仕事が忙しくて来れない、っていうことになったわけなの」
あだっぽい声でルーナが言った。
アリアとルーナ。この二人が喧嘩しているところは想像できない。
「オスカーくん、この二人と……知り合い、なの?」
誰よりも困惑しているのは勿論エリザベスだ。
一応彼女の前では実力を隠している。その設定を忘れてはならない。
「いやはや、オスカー君、きみは罪な男だねぇ。そういえば、その
白竜がエリザベスをじっと見つめる。
びくっと動揺するエリザベス。この二人も知り合いだったりして……。
「あー、なるほどね」
何が
「オスカー、あとでたっぷり楽しみましょう」
「ちょいちょい、オスカー君はボクと楽しむはずだよ」
「オスカーくん、月城さんとはどういう関係なの?」
読書パーティーの幕開けは、波乱の幕開けのようにも思えた。
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