その53 まさかの共闘

 読書パーティーに赴く前に、エリザベスが薦めてくれた小説を全部読むことにした。全部で四冊あるが、一日に一冊読むとすれば、余裕で読破できる。


 読書の場所は寮の自室だったり、図書館だったり。

 たまに気分転換をしたい時、中庭で読むこともあった。


 読書パーティーの前々日である八月八日の夕方。


 俺はオレンジ色の夕日を浴びながら、優雅に中庭で小説の世界に浸っていた。エリザベスのセンスは流石で、全てが良作だ。『勇者との決別』は最高だった。


「こんな夕暮れに、何の用だ?」


 本からは目を離さないまま、表情を変えずに呟く。


「貴様が吾輩を呼んだのだ。ふざけるな」


「そうか」


 中庭に現れたのは九条くじょうガブリエルだ。

 いきなり現れた雰囲気を出したが、実は俺が前もって呼んでおいた。特に理由はない。


 ただ、少し前まで敵対していた生徒と親しげに話すというシチュエーションには憧れがある。なんだか「かっこよさそう」だ。


「生徒会のことについて聞きたい」


 遂に俺は本から目を離し、九条を見つめる。


「生徒会はどこまで気づいて・・・・いる? 魔王セトの一件は上手く片づいたか?」


「貴様……やはり、魔王セトは貴様が……」


 察しのいい男だ。

 そういうところもかなり気に入っている。


「さあな。お前が何を言いたいのかわからない」


 一応、意図的にとぼけておいた。


「貴様は何が目的だ? これでは自分が魔王セトを倒したと認めているようなものだ。試験の件といい、していることに一貫した目的があるようには思えない」


「なに、俺の目的など誰にもわからない」


「学園に危害を加えるつもりか?」


「どうだろうな」


 遠い目をして、夕日を眺めた。

 夕日を背景バックにすることで、ただの会話も印象的な場面シーンへと進化する。


「一応教えておこう。夏休み後の勇者祭、天王寺てんのうじエイダンと白竜はくりゅうアレクサンダーは貴様を潰す気満々だ」


「ほう」


「本当に貴様が魔王セトを討ったというのであれば、その力を勇者祭で見せるがいい」


「俺の実力を疑うか」


「そのつもりはない。吾輩も……よくわかっている」


 気力をなくしたようにボソッと呟く九条。


 一度の敗北が彼に与えた影響はとてつもなく大きい。だが、少なくとも彼は、自分の敗北を認め、次に向かって走り出そうとしている。それに対して俺が何か言うつもりもない。


「俺も〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉との対戦を楽しみにしていると伝えておいてくれ。これ以上話すことはない。世界が俺を待っている」


 今回も上出来だ。

 言いたいことだけ言って、颯爽と退場する。


 あとは退場の方法を考えるだけだが、何か新しくて刺激のある退場はないものか。


 そうやって重要だがどうでもいいことで悩んでいると――。


『もうやめて! もうあんたの言いなりになんかなりたくない!』


 中庭の魅力である静けさ・・・を打ち破る、女性の叫び声が耳に入った。


 これは九条も同じらしい。

 眉間にしわを寄せ、耳をよくすましている。


「どうした生徒会、行かなくてもいいのか?」


 挑発するように声をかける。


「静かにしろ」


 九条は軽蔑するような視線と言葉を投げてきたが、手で俺についてくるように促した。敵同士の共闘ほど、熱い展開はない。


 俺達は優等生だ。

 聴力に関しても普通の人間より遥かに強化されている。音を立てないように近づいていくが、中庭からはそれなりに距離があった。


『離して!』


『俺の言うことを聞かないとどうなるかわかってんだろ! お前の両親がどうなってもいいのか?』


 内容も次第に聞き取れるようになってくる。


 最悪の状況だ。

 男子生徒が女子生徒に襲いかかり、無理やり服を脱がそうとしている。


 男が乱暴を振るいながら女性を穢すことほど、醜いものはない。

 俺はそういった類のものを憎んでいた。一瞬にして殺意が芽生える。


 九条も同じらしい。

 最大級の軽蔑の視線を、男に対して投げかけていた。


「貴様! 何をしている!」


 激怒し声を荒らげる九条。


 真っ直ぐ男子生徒の方に向かい、胸ぐらを掴み、魔力を放出した。威厳を出す時に使う技だ。


 細身の九条とは対照的に、勇者学園の生徒とは思えないたるんだ腹と死んだ瞳。

 中途半端に伸びた草色の髪に、この世の支配者とでもいうような威張った態度。


(なるほど、この男が……)


「大丈夫か?」


 俺は女子生徒の方に駆け寄り、直接視線を送らないようにして声をかけた。


 この間に女子生徒は脱がされかけていた制服をしっかり着てくれた。俺の細かい配慮にも気づいたようだ。


「あの……ありがとう、助けてくれて」


「礼はいい」


 絶対に目を合わせなかった。

 先ほどの光景が目に焼きついている。九条が我慢できず飛び出したせいで未遂になったわけだが、俺は彼女の見てはならない秘密の聖域を覗いてしまったのだ。


「もう寮に帰れ」


「あの、名前だけでも――」


 女子生徒が何か言っている。


 だが、俺には聞こえない。


 九条は流石に手を出せなかった。あの時俺達が冷静であれば、教師を呼んで犯行現場を見せることもできた。そうすれば、男子生徒――五十嵐いがらしアイザックは教師から厳重注意を受けることになる。


 とはいえ、九条の選択は正しかっただろう。俺達が冷静さを保っていたら、この女子生徒が犠牲になっていたのだ。

 彼が感情的になったおかげで、今、彼女を救うことができた。


「おい、お前ら何してくれてんだ!」


「ふざけるな阿保アホ! このことは教師に報告――」


「わかってないだろ。この学園の教師の半分は貴族だ。それも、五十嵐家よりも下位のな! 俺の親父が圧力をかけりゃ、あいつらは俺を退学にすることも、罰することもできねーんだよ!」


「――ッ。貴様――」


 今にも殺しそうな表情で五十嵐を睨みつける九条。


 五十嵐も九条が生徒会の幹部であることくらい知っているだろう。それでいて、この態度。思っていた以上に事態は深刻だ。


 五十嵐が俺に近づいてきた。九条は殺意を必死に抑えたまま、立ち尽くしている。


加賀美かがみは俺に逆らえねーんだ。お前も同じだろ」


 女子生徒の名は加賀美というらしい。

 正直どうでもいいが、とりあえず覚えておこう。


 加賀美が怯えたようにして、俺の背中に隠れた。


「お前がこの学園の風紀を乱し、女性レディを泣かせる男か」


「お前、俺を誰だと――」


「五十嵐アイザック。成績は下の下、人気は最下位、これ以上落ちてどうするつもりだ?」


 五十嵐が拳を振り上げ、俺を脅しにかかる。


「次にふざけたこと言ったら、この拳が炸裂するぞ。言っとくけどな、お前は俺に手出しなんてできねー。親父がお前を退学させ――」


「そうか、お前はファザコンか。自分ひとりでは何もできない、勇者学園の恥、とうわけだ」


 宣言通り、五十嵐の拳が炸裂した。


 加賀美が悲鳴を上げる。


 そして九条は哀れみの目を向けた。勿論俺にではなく、五十嵐に。


「――うぁぁぁぁああああ!」


 無様だ。

 五十嵐の拳からバキバキっと骨の折れる音が響き、血がだらだらとこぼれ落ちる。拳は俺の左頬に直撃したようだ。


 当然ながら、俺の左頬が勝つに決まってる。

 厳密には、膨大な魔力をまとった左頬が、か。


「この醜態もパパに報告するつもりか?」


「――ッ。覚えてろよ! お前達を退学にしてやる!」


 こんな雑魚とは滅多に会えない。

 拳から大量の血を流しながら、最悪の弱者、五十嵐アイザックは走って逃げていった。


 自然な流れで九条とグータッチを交わす。拳と拳でのタッチは、最高の皮肉だ。しかも驚いたことに、九条の方から拳を突き出してきた。


「なかなか悪くないな」


 九条との共闘も面白かった。

 共通の敵が現れれば、お互いの力を認め合っている俺達はいつでも協力できる。


「えーっと……」


 加賀美はまだ怯えていた。無理もない。


「さっきのは……どうやって?」


「なに、大したことではない。奴が弱かっただけだ」


「貴様、早く寮に帰った方が良い。我々が護衛を担当する」


 誤魔化すどころではなかったが、なんとか加賀美を黙らせ、寮に帰る。


 俺と九条、そして加賀美。

 一年生と三年生と、多分二年生。二人の男子にひとりの女子。接点もよくわからない三人が一緒に歩く光景を目にした者はいなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る