その24 それぞれが持つ神能
『この世界には
驚くべきことは、まだこの三日間でセレナと一言も会話していない、ということだ。
三日も話さなかったのは入学して以来初めてのことで、すぐ関係が元に戻るだろうと思っていた俺にとっては、誤算だった。
とはいえ、特に困ることはない。
彼女の方から話しかけてこないので、当然俺からも声をかけないわけだが、俺にはグレイソン、クルリン、ミクリンが常についているので寧ろ騒がしいくらいだ。
授業ではこの四人でまとまって行動し、セレナは離れたところに座って静かに勉強している。
席が隣なのはあくまでも
今は昼食後の五校時目の授業で、〈1-A〉クラスは〈
「それぞれの生徒がスペイゴール十二神のうち、一柱の神を信仰しているはずです。そうですね、では、
〈
背が高く、上品な雰囲気のある人気の教師である。
我らが担任とは違い、彼女は生徒一人ひとりの名前をしっかり覚えていて、丁寧に指導してくれるしっかりした教師だ。現時点での彼女の
この学問は勇者を目指す俺達にとって、必要不可欠なものである。
勇者の力の核となるものは主に、剣術、魔力、そしてこの
体内に込めた魔力で身体能力の向上をし、磨いた剣術で敵を穿つ。それでも倒せないのが魔王という存在で、遠い過去、伝説の勇者に切り札として神から
入学してすぐ、この
「私の信仰神は戦いの神ミノスです」
覇気のない声でセレナが答える。
ここ三日、彼女はどこか元気がなさそうだ。その原因が俺にあることは確定だろう。
「こうして、自分の信仰神がどの神であるのかを告白することを、〈信仰告白〉といいます。今回セレナさんは素直に応えてくれましたが、〈信仰秘密主義〉といって、自分がどの神を信仰しているのかを黙っておくことも許されています。そうですね、西園寺さん、貴方の信仰神を教えてくださいますか?」
「すみません、
来ると思っていた。
というのも、俺がこの〈1-A〉クラスで唯一信仰を明かしていないからだ。
俺は別に目立たない生徒を目指しているわけではない。
この圧倒的な実力の存在をちらつかせたいだけなのだ。
彼には何か秘密があるのではないか、実力を隠しているのではないか、そう思わせる演出をクラス内でもしている、ただそれだけのこと。
俺の返答は皆が予想していたものだろう。
とはいえ、自分の楽しみしか考えず普段を何気なく過ごしているほとんどの生徒にとって、こんな小さなことは記憶から流されて当然のことだ。明日には西園寺という名字さえ忘れている。
俺の発言をまともに聞いていたのは、教師の神志那と、グレイソン達、そしてセレナ。
あとは銀縁の眼鏡をかけた、知的で真面目そうな男子生徒くらいか。
セレナはというと、チラッと俺の方を確認したが、またすぐに教科書に視線を落とした。
彼女の暗い影に包まれる教科書。今のセレナは、拠り所を失った孤独な捨て猫のようだ。
「オスカー、無理に聞き出すつもりはないけど、どうして信仰神を明かさないのかい?」
左隣のグレイソンが、神志那にも聞こえない小さな声で聞いてきた。
「過去が、俺を縛っている」
「?」
「神の時代は過ぎた」
決してグレイソンを見ることはない。
声を落とし、目を細め、過去を思い起こしながら呟く。
あらかじめ用意しておいた
グレイソンも馬鹿ではない。だが、彼の中での西園寺オスカーは、もはや神のような存在だ。俺の放つ一言が、彼の人生に多大なる影響を与える。意味深な俺の言葉に、無理やりにでも意味づけしているに違いない。
ちなみに、グレイソンの信仰神はセレナと同じで戦いの神ミノスである。
神にはそれぞれ象徴しているものが存在するが、
とはいえ、同じ神を信仰することで、同じ
人間には個性がある。
それぞれに適応した、独自の
「そういえば、二階堂さんは大丈夫なのかい?」
俺の言葉の解釈を中断し、セレナを気にするグレイソン。
心優しき少年だ。
特に仲がいいわけでもないのに、どこか寂しそうな彼女を気遣っている。
「はぁ」
俺は深い溜め息をついた。
この溜め息に含まれる意味は、神にもわからない。
「オスカー
反対側、つまり右側のクルリン。
授業の内容に関連してはいるが、またまた余計な質問を繰り出してくる。俺は首を傾げた。なぜなら――。
「クルリンは俺の
「ふぇ?」
「図書館から消えた時に使っただろ」
しばらく思考停止するクルリン。
ちなみに、そのさらに隣にいる双子の姉のミクリンは、生徒の模範であるかのように授業に集中していた。この世界でミクリンが一番まともだろう。
「うわぁ!」
『大声はやめてくださいね、
「す、すいませんなのです!」
図書館でのことをはっきりと思い出したのか、いきなり大声を上げたクルリンに、神志那が注意する。注意とはいっても、穏やかな声で、平和的に解決しただけだ。
これが俺だったら一度教室の外に呼び出して怒鳴りつけているだろう。
目に涙を溜めて必死に謝るクルリン。
これは反則だ。
神志那は癒やされたように頬を緩めていた。
「オスカー
注意されたので声を落とし、ひそひそとクルリンが話を続ける。
「――しゅんかんいどーなのです。ちなみにあたちは、〈
「そうか。それは凄い」
棒読みで言ったが、実は結構感心している。
クルリンの
「ミクリンとおそろいなのです」
「なるほど」
これもまた棒読みだが、実は結構驚いている。
こういうところは双子なのか。なかなか
「むぅ。でも、しゅんかんいどーの
俺の
流石のクルリンも少しだけ疑問に思ったか。
「二階堂さんのことはオスカーがよくわかっているだろうから、とにかくキミを信じるよ」
そして左側で展開されるのはグレイソンとの会話。
「ああ、俺に任せてくれ」
右と左でまったく別の話をしているため、情報の処理が難しい。
「
重要だが退屈な〈
ただひとり信仰の告白を拒否し、スペイゴール十二神からの
その者こそ、西園寺オスカー。
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