その25 気づく想い☆

『お前を独りにはしない。約束しよう。これからもこうして隣を歩いてやる』


 セレナの頭の中で、何度もオスカーの言葉が反復した。


 生徒会長の八乙女やおとめアリアから告白を受けたと聞いた時。

 どうしてかセレナは落ち着かなかった。自分の前からオスカーが消えてしまうのではないか。そんな想像が頭をよぎった。


(ううん、私は別にオスカーのことなんか――)


 気づけばオスカーのことを考えていた自分を呪い、教科書に顔を落とす。


 セレナが初めてオスカーに会ったのは入学式の時だった。




 ***




 教室に入り、自分の席に着く。

 すると隣の席に、西園寺さいおんじオスカーがいた。


 彼は一瞬だけ隣に座った同級生セレナのことを確認すると、軽く頷いて視線をそらした。

 難しそうな厚い本を読み、何やらブツブツわけのわからないことを呟いている。力の抑制がどうやら、因縁の戦いがどうやら……。


 変な生徒だと思って話さないようにしていたが、初めてのホームルームが終わった直後、オスカーの方から話しかけてきた。


『この学園に入学するのは、初めてか?』


 当然である。


 これが入学式で自分達は新入生なのだから、入学が初めてなのは当然のことだ。セレナの中でのオスカーの印象が、「少し変な人」から「頭のおかしな人」へと進化した。


「それが当たり前でしょ。あなた、頭大丈夫?」


「俺か? 俺の名は西園寺オスカーだ」


「名前聞いたわけじゃないんだけど」


 人付き合いは得意な方ではなかったセレナだが、オスカーとは自然に会話することができた。最初から素直な言葉を返したことが良かったのか、彼と話す時には変に気負うことなく、楽に会話ができる。


 入学式以降も同様だった。


 近づきがたい雰囲気を出しているセレナ。

 自分に興味を持った男子生徒や、友達になりたいと思って近づいてくる女子生徒をも、その美しい目を細めるだけで遠ざけてしまう。


 セレナ自身、友達に飢えているわけではない。

 孤独でもいいと、勝手に思い込んでいた。幼い頃から、学校でも常に独りぼっちだった。しかし、彼女は決して「孤高」の美少女ではない。


 気づけば、ゼルトル勇者学園でも、自分の周囲に友達はいなかった。


 ただひとり、西園寺オスカーを除けば。


 彼はたまに意味不明なことを言ったり、理解できない行動に出ることがあるのだが、普段は物静かで、さほど目立つこともない生徒だ。

 セレナのように周囲に誰も話せる友人がいないことに対し、それを気にしている様子も一切見受けられない。


 それどこか、孤独でいることを好んでいるようでもあった。


 オスカーは、「孤高」だったのだ。


 そんな彼も、隣の席で入学式の日に言葉を交わしたセレナだけには、友人のように接してくれる。お互いに気を遣うことも、気まずくなることもなく、ただ純粋に意見を交わすような関係だった。




 ***




(私にとっての、オスカーの存在って……)


『何が可愛い嫉妬よ! もういい! オスカーのことなんか、知らない!』


 セレナにはわかっていた。


 オスカーに対して怒ったのは、自分の勝手な嫉妬心と独占欲が原因だということを。

 

(急に三人現れて、三人が、オスカーのことを私から奪ってしまうんじゃないか、って……)


 三日だ。


 三日間もオスカーと口を利いてない。

 セレナはこの三日間、ずっと独りぼっちだった。


(独りにはしない、って。約束してくれたのに……)


 寮の自室。


 気づけばセレナの頬には、一粒の雫が。

 

 寝台ベッドの上で縮こまり、丸めた脚を両腕で抱え込む。顔を伏せ、鼻をすすった。


「オスカー……自分勝手なのはわかってる……でも、私に話しかけてよ……」


『お前の泣く声が聞こえたが、気のせいだったか?』


「――ッ」


 うつむくセレナに、聞き覚えのある声が投じられる。


 このまま顔を上げるのが怖い。もしそこに、彼がいなかったらどうしよう。

 でも、本当に彼がまた話しかけてくれたのなら……。


 恐る恐る、セレナは顔を上げた。


「セレナが泣いている姿は初めて見た。とはいえ、美しいことには変わりない」


「オスカー、なの?」


 西園寺オスカーはセレナの部屋の開いた窓に腰掛け、眉に手を当てながら虚空を見つめていた。

 

 紛れもなくオスカーだ。

 前髪を下ろした漆黒の髪に、太陽のごとく輝く黄金色の瞳。すっきりとした一重ひとえのアイラインに、通った鼻筋。


「こうして話すのも三日ぶりか。悪かった、約束を忘れていたわけではないんだ」


「どうやって、ここまで、来たの?」


 まだ不安定なセレナは、いつものように流暢に話すことができない。


 垂れてくる鼻水をすすりながら、なんとか言葉を紡ぐ。


「なに、大したことはない。お前のためならどこにでも駆けつける」


 オスカーは窓に腰掛けたまま動かない。

 真剣な表情で、今度こそはっきりとセレナの目を見つめた。


 これ以上出ないように留めていたはずの涙。


 知らず知らずのうちに、大量にこぼれ落ちる。こんなことで大泣きしてしまっている自分が悔しく、さらに涙が流れた。

 

「セレナ」


 少し視線を落とした隙に、セレナの側に移動しているオスカー。


 二ヶ月以上関わり、友人のような関係を続けてきたわけだが、お互いの体に触れることはほとんどなかった。オスカーがそっと、泣き崩れるセレナを抱き締める。セレナの涙が、オスカーの制服に溶け込んだ。


(そっか。私は――)


 優しくオスカーに包まれるセレナは思う。


(――オスカーのことが、好き・・なんだ)

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