その23 座学の帝王☆
三学期制であるこの勇者学園は、それぞれの学期に中間と期末の二つの定期試験があるため、年に六回もの大型試験が実施される。
そのうち座学──いわゆる筆記試験は五科目あり、彼は入学してから三年生の今に至るまで、一度も満点
そこにはカンニングといった違反など一切なく、純粋に彼の日頃の努力の賜物だ。毎日ろくに他の生徒と関わらず、寮の自室で勉強に時間を費やしていた。
そんなガブリエルは、当然筆記試験で無双し、他の生徒を寄せつけない圧倒的な点数を叩き出す。
それでいて実技もそつなくこなし、学年でも毎回二十位以内には入るほどの実力者だった。
〈座学の帝王〉と呼ばれ、座学の実績のみを注目されがちだが、それなりに実技も高レベルなのだ。
『うわぁ~、アリア様、素敵!』
『アリア様!』
『我らが
そんな優等生ガブリエルの前に、突如として現れたのが、現生徒会長の八乙女アリアである。
ひとつ下の後輩だが、一年生の筆記試験で学年トップ、そして実技でも学年トップ……筆記は全て満点、というわけにはいかないが、総合成績で見ればガブリエルより遥かに優秀で、注目度も遥かに高い。
優秀だとちやほやされていた者が、急に現れた新人に呆気なく名声で追い抜かれた。
そうなると、普通はその新人に対して反感を持ち、強いライバル心を抱く。
ガブリエルも、八乙女アリアという名前だけを聞いていた頃は、彼女の存在を妬ましく思いつつ、優秀な彼女に対して嫉妬する自分に嫌悪感を感じたり、精神的に不安定な日々を過ごしていた。
しかし、ガブリエルが二年生のある日を境に、その感情が大きく変化する。
九月に行われる勇者祭。
この日は全校生徒それぞれが二日間に渡って日頃の成果を発揮し、あらゆる形式で戦いを繰り広げる。
ゼルトル王国としても大々的に扱われる、国内最大級のイベント。
そこでガブリエルは始めて、八乙女アリアを目にした。
(――ッ! あれは――)
闘技場の
その可憐な姿に、時が止まる。
半分まで食べていたサンドイッチが、虚しく地面に落下した。
だが、そんなことにも気づかないガブリエル。
心臓の鼓動が速くなり、自分の世界がアリアに支配される。何度も名前を聞いてきた。そして、何よりも妬ましく思っていた。
それなのに、彼は――恋に落ちてしまったのだ。
(あの美しく凛々しい姿は何だ!? 穢れのない、清純な瞳に髪……あれが……八乙女アリア……)
瞬きすることもなく、アリアを見つめ続ける。
それに気づいたアリアは、ガブリエルに向かって微笑んだ。控えめに手を振り、ほんの一瞬だけ視線を送る。
ガブリエルの心は、この瞬間、彼女に完全に奪われてしまった。
それからは早かった。
アリアが生徒会選挙に立候補すると知った途端、彼はすぐに副会長に立候補した。
アリアが生徒会長として活躍し、
だが、現実はそう甘くない。
人気も高く圧倒的に優秀な八乙女アリアの生徒会長選出は確実だった。
当時一年生でありながら、中間投票の時点でも圧倒的な差で一位。そして結局はそのまま生徒会長に決まる、ということはご覧の通りだ。
しかし、問題は副会長である。
九条ガブリエルは三学年の中での優等生であり、座学において彼を超える者はいなかった。それは当然だ。彼は満点しか取ったことがないのだから。
ところが、彼は三学年の中で
彼とは別に
それが、最終的に副会長の座を圧倒的な支持率九十五パーセントで掴み取った、
アレクサンダーは座学において毎度十位以内を
ユーモアのセンスがあり、人脈も広いアレクサンダー。
小柄で端正な顔立ちをしているため、〈学園最強の美少年〉と言われて女子生徒からの人気が高かった。さらに、彼はその気さくで飾らない性格から、同性である男子生徒からも人気で、選挙ではほとんどの票を持っていってしまったのだ。
(コミュニケーション能力もひとつの実力ではあるが……)
実は一度彼の存在が気に食わなくなり、決闘を申し込んだことがある。
白竜アレクサンダーは、明らかにトゲのある態度で決闘に挑んできたガブリエルに対しても、面白そうに愛想良く対応し、それでいて圧倒的な力の差で勝利を収めた。
『楽しい
完膚なきまでに叩き潰されたガブリエルに対し、ケロッとした顔でアレクサンダーが声をかける。
『確かに今回の決闘ではボクが勝ったかもしれないけど、筆記バトルだったらボクのボロ負けさ。きみはこの学園で最強の頭脳の持ち主なんだから、それを活かしてやっていけばサイコーだね』
そして、アレクサンダーのゴリ推しで、ガブリエルの生徒会入りが決定した。そしてさらには幹部にも抜擢された。
副会長に落選して戦意喪失していたガブリエルだが、皮肉にも自分を負かした相手に救われてしまったのだ。
ガブリエル自身、アレクサンダーに負けたままではいけないと思っている。
いつかは決闘で負かしたい。
そういう気持ちは持ち続けているのだが、ガブリエルはあの負け以降、アレクサンダーを尊敬し、信頼できる人物としてたまに生徒会の仕事などで頼るようになった。
そして――。
『ガブリエル君、きみ、アリア君のこと好きでしょ?』
一緒に過ごすことが多くなってしまったアレクサンダーに、バレてしまった。生徒会長アリアへの想いが。
会長に対して変な感情を持つな、と釘を刺されるのではないか。
そう警戒し、冷や汗が頬を流れ落ちる。
『いやー、いいね! ちなみにボクは恋愛とか興味ないから、きみが好きなようにアリア君を落としてくれたまえ! 応援するよ! なんだか青春って感じだね~』
予想外ではあったものの、アレクサンダーらしい発言。
『手伝えることがあったら言ってね。ていうか手伝えることがなくても言ってくれたまえ。相談に乗るよ』
かなり早い段階で彼からそう言われていたが、三年生の今に至るまで、ガブリエルは一切恋愛相談をしていない。
とはいえ、心の奥ではずっとアリアを想い続けている。
そんな彼にとって、アリアの心を奪い、その気持ちを踏みにじった
(西園寺オスカー……座学でどうやって吾輩に勝つつもりだ? 全てで満点を取ってしまえば、たとえ相対的に評価されるとしても吾輩の勝ちは確定だというのに)
今、ガブリエルの頭の中は西園寺オスカーという生徒のことでいっぱいである。
流石に〈座学の帝王〉に座学の勝負を挑んだ、ということはわかっているはず。
それなのに、あれだけの自信と余裕。
アリアの言っていた「ミステリアス」という意味も少しはわかるが、彼の自信に根拠はあるのだろうか?
(いや、結局は吾輩が勝つ)
ガブリエルは首を横に何度も振り、その後何度も頷いた。
今まで通り、全ての科目で満点を取る。
〈座学の帝王〉にできることは、それだけだ。
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