その22 勉強の邪魔者
クルリンとの勉強を始めて五分。
早速だが、俺はもう二度とクルリンと勉強をしないと誓った。
「オスカー
「少し声が大きい」
「オスカー
「悪いが俺も届かない」
「オスカー
周囲のことなど考えずに叫びたいところだったが、ここで取り乱すのは流石にかっこ悪い。
感情を表に出さず、冷静に対応していく。
俺は周囲の目を気にするような
クルリンに図書館は合わない。
絶対に連れてきてはならなかった。これは明らかに俺の失態だ。残念なことに今日は図書館司書がいない。司書の中年の女性は静寂を重んじるため、クルリンのような生徒がいたら即追放といったところだろう。
「クルリン、図書館というのは静かに本を読む場だ」
「はいなのです」
説教のように人差し指を出して語りかけるが、クルリンはコテッと首を傾げてにこにこしているだけだ。
これまでの人生で静かな空間を経験したことがないのだろうか?
きっとミクリンはわかってくれるだろう。何度も言うが、この双子姉妹はまったく似ていない。性格も、身体も、心の成熟度も。
「わかってないな」
「どうして声を出したらだめなのです?」
この俺を振り回すことができるのは、良くも悪くも彼女だけなのかもしれない。
いつもは俺のペースでやりたいように話を進められるのに、クルリンの前では全てが無効化される。ラスボスはすぐ近くに潜んでいた。
「それは──」
『それが図書館というもの。貴様
凍てつく学園図書館。畏怖の視線を浴びるひとりの男子生徒。
そうか。
遂に来たのか。
この学園図書館に足を踏み入れた瞬間から、俺達の行動を見張っていた男子生徒。
細身でスラッとしており、左目の片眼鏡が知的な印象を植えつける。
深い緑色の短髪。
セクシー美少女の
「むぅ。オスカー
クルリンがその可愛い双眸を歪める。
「テカテカの人とは何だ!? まるで礼儀がなっていない! 吾輩は
――九条ガブリエル。
クルリンの無礼な発言に、彼は癇癪を起こした。
細い体格を見てもそこまで戦闘に秀でているようには感じない。ならば、
それこそ、
「九条ガブリエル……ルーナから話は聞いている」
「月城……あの女、敵に塩を送るとはな」
「興味深い女だった」
ふんっと前髪をなびかせ、頬を引き上げた。
俺のその有様に、九条が歯を食いしばる。
「調子に乗るのもいい加減にしろ。貴様は会長の心を傷つけた。その報いは受けてもらう」
「なに、それは君の
「貴様――ッ」
「それで、何がしたい? 決闘でも申し込むつもりか?」
俺と九条の会話が進むたびに、クルリンの頬が膨らんでいく。
俺には彼女が何がしたいのかはわからない。
彼女のことはどう頑張っても理解できそうにない。
「吾輩は〈座学の帝王〉と呼ばれている。勝負の舞台は期末試験だ。貴様が実力を隠していようがいまいが、吾輩には関係ない。筆記試験の総合点で競い、高かった方の勝利とする」
「それは随分と強引だな」
「負けた方には、この学園を退学してもらおう」
九条の表情に一切の陰りは見えなかった。
それは自信があるということだ。
自分の実力に関して、一切の疑いを持っていない。生徒会幹部の
それは傲慢ではなく、努力によって得られた、根拠ある自信。
面白い勝負になりそうだ。
だが、勿論俺も、負けるつもりなどない。
唐突に持ち掛けられた勝負。この戦いに乗らないわけにはいかない。俺は自分の
「それなら、少しルールの変更を願いたい。俺が負ければこの学園を退学する。それは構わない。だが、君と俺では学年が違うだろう? だから試験の内容も違うわけだ」
俺の発言に、九条が不機嫌な顔で頷く。
「つまり、公平な勝負はできない。それでも勝負をしたいと言い張るのなら――公正な審査員を設けたいと思う」
「審査員、だと?」
「贔屓をしない教師の審査員だ。試験の難しさを考慮して、相対的な数値で勝敗を決める。生徒会の権限か何かで適当に三人程度、教師を審査員にできないか?」
九条は左目を細め、顎に手を当てた。
渋い表情が続いていたが、最終的には頷いてくれた。
「いいだろう。
「いや、まだだ」
薄く微笑む俺に、明らかに嫌そうな顔をする九条。
「この戦いに勝った者に、ルールを変えられる権限を与えてもらいたい」
「――ッ!」
「なに、どうせ俺が勝つ。それも、
「生意気な口を――」
「静かに」
俺の瞳から繰り出される
僅かに突風を巻き起こし、九条の騒がしい口を沈めた。これにはクルリンも目をパチパチさせている。九条は何が起こったのか理解できず、顔をしかめたまま固まっていた。
「ここは神聖な図書館だ。騒ぐ場所ではない」
「──ッ」
「座学の帝王、か。その力も、俺の前では無力に等しい」
この瞬間、俺はこの学園図書館にいる自分以外の人物の視界を全て奪った。
ほんの一瞬だ。
その刹那、俺はふわふわしているクルリンを掴んで姿を消す。
俺が愛用する
だが、人に見られている限り発動することはできないという条件がある。
そこで、別の
その代償として、その後十時間はその能力が使えず、俺の視界から色が消え、白黒の世界になるわけだが。
『西園寺ぃぃぃぃいいいいい!』
九条は知的そうな外見が台無しになる怒鳴り声を上げ、図書館にポツンと取り残されていた。
《キャラクター紹介》
・名前:
・年齢:18歳
・学年:ゼルトル勇者学園3年生
・誕生日:10月30日
・性別:♂
・容姿:深緑の短髪、七三分け、左の片眼鏡
・身長:177cm
・信仰神:知恵の女神アーテ
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