三章 テキストの比較分析~第三節~
第三節 児童文学について
この節では、児童文学について分析する。取り扱う作品は以下の三作品である。
『夏に、ネコをさがして』(西田俊也 徳間書店 二〇二三年)
作品概要
西田俊也による児童文学作品。亡くなった祖母のネコを探すうちに、新たな友人と出会い、喪失から立ち直っていく十二歳の少年を描く作品。二〇二三年発行(徳間書店の公式ホームページより一部引用)
『怪盗クイーンはサーカスがお好き』(はやみねかおる 講談社 二〇〇二年)
作品概要
はやみねかおるによる児童文学作品。狙った獲物は必ず盗む怪盗クイーンと、彼に「ゲーム」を挑むホワイトフェイス率いるサーカス団「セブン・リング・サーカス」の対決を描く作品。二〇〇二年発行。
以下、『怪盗クイーンはサーカスがお好き』は『怪盗クイーン』と記す。
▼地の文、使われている言葉・表現
両作品ともに地の文の人称は三人称で表記されている。ただし、『怪盗クイーン』は、「――――」で始まるモノローグと第二部「カーニバル・ディ」の第三章「〇八:三〇」より登場する西園寺考太郎という人物のシーンについてのみ、キャラクターそれぞれの一人称が用いられている。第二部第三章については、変装しているクイーンが、誰に返送しているのかを不明瞭にさせ、最終的に変装を解く際の興奮をより高める効果があると推測できる。
また、両作品ともにセリフの量がライトノベル・大衆文学よりも多く、『夏に、ネコをさがして』には、見開き一ページがセリフしかないページ(百二十二・百二十三ページ)がある。
登場人物の属性については、『夏に、ネコをさがして』にはほとんど見られない一方で、『怪盗クイーン』についてはほぼ全ての登場人物に詳細な説明があり、両作品の大きな差と言える。
長い髪をした、よく日に焼けた子
(『夏に、ネコをさがして』八十六ページ)
ぬけるように白(しろ)い肌(はだ)。かすかに灰色(はいいろ)がかった瞳(ひとみ)。
細(ほそ)く長(なが)い指(ゆび)(中略)
年齢(ねんれい)も性別(せいべつ)もわからない。
古代(こだい)ギリシャの彫刻(ちょうこく)のような美貌(びぼう)を、銀色(ぎんいろ)に近(ちか)い白(しろ)い髪(かみ)が、ほどよい角度(かくど)でおおっている。
(『怪盗クイーン』十三ページ)
使われている言葉と表現は、両者ともに口語的である。振り仮名は、先の「地の文」で挙げた文章にもあるように、本文中のほぼ全ての漢字に振り仮名が振られている。この二冊において『夏に、ネコをさがして』は、小学校低学年程度の漢字には振り仮名が振られていない。『怪盗クイーン』では、『夏に、ネコをさがして』とは対照的に、全ての漢字に振り仮名が振られていることが両者の明確な差と言える。『怪盗クイーン』には一部、特殊な読みをする漢字はあるものの、両者を全体的に俯瞰しても、複雑な言い回しなどは使われていない。その点については、大衆文学よりもライトノベルに近しい。
使われている言葉・表現の一例
蘭は鳴きまねをしながら、ひょいとブロック塀によじのぼり、その上に立った。
(『夏に、ネコをさがして』百二十四ページ)
おこられたクイーンが、すなおにびんをかたづける。
(『怪盗クイーン』二十五ページ)
▼心理描写
心理描写については、直接的な描写がある。また、前の項目でも触れたように、ひらがなが多用されているため、分かりやすさという側面においては今回用いているどの本よりもこの両者が高いと言える。
それまでずっと、ウソだ、信じたくない、と泣きそうになっても泣かなかったけれど、ナツばあのかすかに開いたままの口を見ていると、体の奥でぱんぱんにふくらんだ涙の袋が破裂したように涙があふれてきて、立っていられなくなった。お母さんが肩を抱こうとしたのをふりきり、病室の外に飛び出し、長い廊下を走って、だれもいないすみっこにしゃがみこんだ。涙で体が溶けそうになるくらい泣いた。
(『夏に、ネコをさがして』十三ページ)
おもしろい!
ぼくは、すなおな気持ちで拍手する。
(『怪盗クイーン』二百三ページ)
▼終わり方
両作品を通して見ると、複数の解釈ができるような終わり方をしてはいない。さらに、どちらかと言えば大衆文学のような、続編をあまり想定していない一巻完結の形を取っている。
『夏に、ネコをさがして』では、主人公の池田佳斗は、引っ越した先で園井蘭という少年と出会い、行方不明になっていたネコの「テン」を見つける。さらに、佳斗は認知症によって徘徊し行方不明になった蘭の祖母も見つける。蘭と佳斗はお互いに感謝の言葉を伝え、佳斗は、新生活やテンのことで忙しくなるが、いつかピアノをもう一度練習したいと思うようになるかもしれない、その時にテンが曲に合わせて踊ってくれるのだろうと考えながら、動物病院からテンを連れて帰る。家の目印になっている赤いアンテナが、佳斗にはより輝いて見え、それは夏の日差しだけではないだろうと思う所で物語は終わる。
『怪盗クイーン』では、最終的にクイーンは「ゲーム」に勝ち、ホワイトフェイスから「ゲーム」を挑まれた真意を聞く。クイーンは、当初の目的だった宝石をカイロの美術館に返却し行く際に、「セブン・リング・サーカス」に手伝ってほしいと言い、その道中でホワイトフェイスが独り立ちした後に初めて演技を見せた国で、「セブン・リング・サーカス」の公演を行う。そこで、ホワイトフェイスは初めて演技を見せた時に「指切り」をした少女(成長して大人になり、女児を産んでいた)と再会するシーンで物語は終わる。
以上のことから、児童文学は大衆文学よりもライトノベルに近しい存在であることが分かった。今回用いた作品においては、ライトノベルとの違いとして一巻で完結するスタイルが採られていることが挙げられる。つまり、続編が出たとしてもその前の巻とは直接的な繋がりを持たないことになる。『怪盗クイーン』はシリーズとして計十三冊が刊行されていることからも『怪盗クイーン』シリーズは、榎本のいう「キャラクター小説」の典型であることが分かる。
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