三章 テキストの比較分析~第一節~

一節 ライトノベルについて


 この説では、ライトノベルの分析を行う。取り扱う作品は以下に挙げる三作品である。


『86―エイティシックス―』(安里アサト KADOKAWA 二〇一七年~)

作品概要

 安里アサトによるライトノベル。既刊十一巻。死地へ向かう若者たちを率いる少年・シン(シンエイ・ノウゼン)と、遥か後方から、特殊通信で彼らの指揮を執る指揮管制官(ハンドラー)となった少女・レーナ(ヴラディレーナ・ミリーゼ)の激しい戦闘と通信を介した交流を描くSFアクション。(電撃文庫公式サイトより一部引用)


『声優ラジオのウラオモテ』(二月公 KADOKAWA 二〇二〇年~)

作品概要

 二月 公(にがつこう)によるライトノベル。既刊八巻。表向きには仲良しコンビとして通しているが、本来の性格は正反対で、ラジオの収録が終わればすぐに喧嘩を始める高校生女子声優である佐藤由美子(芸名「歌種うたたねやすみ」)と渡辺千佳(芸名「夕暮夕陽ゆうぐれゆうひ」)の、交流と本来の性格と関係がバレないように奮闘する姿を描く作品である。


『ようこそ実力至上主義の教室へ』(衣笠彰梧 KADOKAWA 二〇一五年~)

作品概要

 衣笠彰梧によるライトノベル。既刊二六巻。MF文庫Jから現在は二年生編として刊行中。優秀な者だけが好待遇を受けられる実力至上主義の学校「高度育成高等学校」が舞台。主人公の綾小路清隆あやのこうじきよたかはある理由から入試で手を抜いた結果、作中で「不良品が集まる場所」と揶揄されるDクラスに配属される。級友の堀北鈴音や櫛田桔梗くしだききょうなどとの交流を描きながら、綾小路の本当の実力が明らかになっていく作品である。


 以下、タイトルが長い為、『86―エイティシックス―』を『86』、『声優ラジオのウラオモテ』を、『声ラジ』、『ようこそ実力至上主義の教室へ』を『よう実(じつ)』と表記する。また、引用以外で登場人物の名前を記載する時には、作中に愛称の記載があれば、それを用いる(ヴラディレーナ・ミリーゼ→レーナ等)。また、『声ラジ』は作中の芸名ではなく本名での名前のみを用いる(佐藤由美子→由美子等)。


▼地の文、使われている言葉・表現

 地の文の主語は『86』・『声ラジ』は「彼」・「彼女」・人名(名前)の三人称視点、『よう実』が綾小路の一人称で書かれている。また、すべてにおいてキャラクターの属性描写が細かくなされている。また『声ラジ』においては、東が指摘するキャラクターの属性を明示する文章がある。さらに、『よう実』の主人公である綾小路の属性描写は他のキャラと比較しても少ない。これは、綾小路の抱える事情から属性の直接的な言及を避けていると思われる。

 なお、『86』においては、「」で挟まれた会話でも同じことが言えるが、作品特有の固有名詞(機体名・技術名等)が多い。これは、作品の世界観からも判断できることとして、この作品のジャンルがサイエンスフィクションにあたり、さらに軍事的な要素も加わっていることから特有の固有名詞が多いと推測ができ、ライトノベル固有の特徴ではないと考える。


紺青こんじょう詰襟つめえりの共和国軍女性士官軍服。十六歳の少女らしい白雪の美貌は硝子細工の繊細さで、良家の出を如実にょじつに語る優雅ゆうがな身ごなし。緩く巻いた、繻子しゅすかがやきの白銀のかみと長い睫毛まつげにけぶる同じ色の大きな瞳

(『86』第一巻二百九ページ)


佐藤由美子さとうゆみこはギャルである。(『声ラジ』第一巻十六ページ)


長い黒髪をなびかせ、美しくも鋭い瞳をした少女(『よう実』第一巻十六ページ)


 三作品すべてにおいて、先の「地の文」の項目で挙げた文章にもあるように、本文中のほぼ全ての漢字に振り仮名が振られているが、小学校で学習するような漢字には振られていない。明確な基準があるということではないと思われるが、専ら中学校以上で学習する漢字や常用漢字、作中で固有の読み方をする名詞に振られている。表現も口語と同じような簡単で分かりやすいものが使われている。


使われている言葉・表現の一例


《敵機探知:ボギー1に設定》

(『86』第一巻十二ページ。主人公たちの乗る機体「ジャガーノート」に表示されている画面の文字。注二)

我がサンマグノリア共和国の誇る自律無人戦闘機械ドローン

(『86』第一巻十八ページ。街頭テレビからの音声)

炎色反応の鮮やかな色彩をひととき振りまき、儚い雪のように降り落ちる。

(『86』第一巻二百九ページ。花火の描写)


新人声優はギャラが安いので使ってもらえやすいが、それもせいぜい三年目まで。」

(『声ラジ』第一巻百五十五ページ)


「マジでウザい。ムカつく。死ねばいいのに……」

(『よう実』第一巻二百二十二ページ)



▼心理描写

 登場人物の心理状態について、直接的な表現がある。しかし、その表現方法は、擬態語を用いたり、文章の前後により描写を増やしたりして分かりやすくなっている。特に地の文が一人称で書かれている『よう実』は独特で、綾小路以外の心理描写も、登場人物の行動などから分析した綾小路の視点から語られる。


伝わってくる彼らの感情は、覚悟でもなければ、従容でもなかった。

それは例えば、晴れ渡って紺碧に光る大海原を初めて見た人のような。

どこまでも広がる春の野原に連れてこられて、どこまでだって好きなだけ駆け回って遊んでいいよと言われた小さな子供達のような。

抑えきれない高揚と興奮と純粋な喜び。わくわくと弾んで居ても立ってもいられないような。

(『86』第一巻三百十一ページ)


何をしているんだろう。由美子は頬に手を当て、むにむにと動かした。

(『声ラジ』第一巻百三十九ページ)


数分ほどの、櫛田との通話が終わった。まさか堀北との会話以上に疲れることになるとは、思いもしなかった。あいつは大丈夫と言っていたが、本当に平気か?

堀北は誰が相手であっても、気に入らないことには食って掛かる。一触即発の状態になることは火を見るより明らかだ。不安を覚えながら、オレは浴室へと向かうことにした。

(『よう実』第一巻二百八ページ)


「くそ、何で寝ちまったかな、俺はよ」

 そんな須藤の前に堀北も姿を見せた。

(『よう実』第一巻三百一ページ)


▼終わり方

 各作品において、他の解釈をする余地がなく、また続編の展開を前提とした終わり方がなされている。

 『86』では、シンエイを含む五人の最後の任務を遠くから見ることしかできなかったレーナが決意を固めつつ、救援としてやってきた隣国の士官たちと顔を合わせ、軽い自己紹介を交わす。そこで、その士官たちがシンエイとその仲間たちとの初めての対面という形で締めくくられている。実はシンエイ達は最後の任務を潜り抜け、隣国にたどり着いてそこで士官になっていたことが判明する。


 『声ラジ』では、千佳が配役されたアニメにおいて、裏営業があったとするゴシップが広まったことで、その誤解を由美子がライブストリーミングで否定。また、その場に千佳と、問題になったアニメの監督と音響監督が表れ、真実を公表した。由美子と千佳は、互いに相方だと認めるものの、その後のラジオの描写で不仲であることを強調する。


 『よう実』では、赤点を取れば退学が決まる中間テストにおいて、堀北が点数を調整したものの、一人だけ赤点者が出てしまう。綾小路は、担任の茶柱佐江に交渉を持ち掛け、学内で使用できる「ポイント」を使って退学を帳消しにし、誰一人欠けることなく中間テストを終える。祝勝会をする中で、綾小路は、堀北が笑う所を見たいと思いつつ、やれるだけ頑張ってみようと決意する。

 

 以上のように、全体的にキャラクターに関する描写が細かくされており、なおかつ読みやすさを重視するために中学生以上で学習する漢字や簡単な人名にも振り仮名が多く振られている。また、解釈についても複数の解釈ができる物ではなく、同時に続編を作ると仮定した場合でも後に繋げやすいエンディングであったと言える。

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