第8話 カデナとアン

「きゃあっ・・・!痛っ!」


突然スピードを上げた馬車の慣性に煽られ、荷台後方の煽りに思いっきり体をぶつけてしまった。

あまりの衝撃に片目を瞑ったが、辛うじて開いていた右目の視界を何かが横切る。

栗色の・・・糸・・・?


「・・・・・・あっ・・・」


両目を開け、横切る影を追うと、消え入りそうな小さな声だけをあげ、波打った長い栗色の髪をたなびかせた女性が、馬車の外に放り出されている所だった。


あの貴族の下へ行きたいと話していた女の人だ。


彼女はこちらに片手を伸ばしていたが、私にはその行方を視線で追うことしか出来なかった。


そのまま女の人は雨に濡れた地面に叩きつけられて、グシャッという嫌な音を出して転がったが、何とか上体を起こしている。


「よかった・・・無事・・・え?」


「あ、いや・・・こないでぇぇぇぇーーー!!」


体を起こした女性が何かに気が付き、悲鳴を上げた次の瞬間・・・二匹のでっかい犬が彼女の首と胴に噛みついた。

あらぬ方向に曲がる女性の首と赤く染まる体。


「そんな・・・誰か!馬車を止め・・・きゃっ!」


女性の危機に場所を止めるように呼びかけようと思った時、突然馬車が大きく揺れ、私の世界が横へ倒れ、その視界は上下から閉じるように闇の中へと落ちていった。




「ん・・・んん・・・・・・」


「あ、目が覚めた?」


「ここは・・・痛っ!」


重い瞼を少し開けると、右肩に痛みがあって、反射的にそこに手で押さえると、そこには布が巻いてあり、どうやら手当した跡のようだ。

その痛みに顔を歪めた私を、心配そうな顔で金髪の女の人が顔を覗き込んでいる。


綺麗な人・・・耳が長くて物語に出てくる妖精みたい。


「まだしばらくじっとしておいた方がいいわ。傷は深くなかったけれど、結構強く打ちつけられていたみたいだから」


「傷・・・?あ!馬車は・・・みんなは!?」


意識を失う時の事を思い出し、起き上がって周りを見渡してみると、大きな岩を背に、焚き火がすぐ近くで揺れる灯りと暖かな熱を生み出していた。

ただ、その炎のせいで周りの景色が真っ暗だ。いつの間にか夜になっていたみたい。


周辺を見ても私とこの綺麗な女の人しかいなくかったから、それが何故なのか彼女に聞こうと視線を向けたが、悲しそうな顔をして首を振り、


「助けられたのはアナタだけだったわ・・・。フォレストハウンドに襲われている馬車を私達が見つけた時にはもう生き残りはアナタともう一人だけだったけど、その子も守り切れなかった・・・ごめんなさい」


「そんな・・・」


「・・・友達・・・だったの?」


「いえ・・・名前も知らないです・・・話も少ししか・・・」


「そう・・・」


正直言ってこれからの自分のことばっかりで、顔もハッキリ思い出せない・・・。名前くらい聞いておけばよかった・・・。

そうか・・・死んじゃったの・・・か・・・。


さっきまで一緒にどの仕事がいいとか談笑していたのに・・・人ってこんなにもあっさりと死んじゃうんだね・・・。

悲しいとは思うけど、実感が無さ過ぎて感情が追いつかないや・・・。

ぼーっとして思考がまとまらない。


「・・・何があったのですか?フォレストハウンドって・・・」


「フォレストハウンドっていうのは戦闘の適性を得た冒険者でもかなり苦戦する狼ね。それが今回は二匹も同時に襲いかかっていて、その対処に集中せざるを得なかったの・・・。それで負傷者の治療が遅れちゃった・・・」


「あの場面で私達は出来る事をやったよ」


焚き火が照らし出す光源の外から身長の低い褐色の肌の女の人がその体格に見合っていない大きな斧を肩に担いで視界の中に現れた。


「なんでもかんでも救えるなんて、おとぎ話の中に出てくるような奴でもないと不可能だ。それこそ神の使徒様でもない限りはな」


「あらアン、あっちの方は大丈夫そうだったの?」


「カデナに押し付けられた仕事はちゃんとやったよ」


アンと呼ばれた褐色の女の子は担いでいた斧を地面に突き刺し、カデナと呼んで耳の長い綺麗な女性の横にあぐらをかいて座った。


「それで・・・アタイ達が助けたお嬢様はなんで奴隷商人と同行なんてしていたんだい?」


お嬢様・・・?あ、そうか、この服で・・・。

座った足の上に肩肘を乗せ、その腕で頬杖を突き、私に話しかけてきた。


「あ、私もその・・・奴隷契約をして・・・どこかの街に移動しているところだったんです」


「へーそうだったんだ」


自分が奴隷になったということを恥ずかしく思って、伝えることを一瞬躊躇してしまったんだけど、ここで嘘をついていいことなんてないと思って正直に言ったのだけれど、帰ってきたリアクションはかなりあっさりとしたものだった。

やっぱりこの世界の奴隷って特に身分が低いとかそう言う事ではないのかもしれないのかも。






さっきまで一緒だった人達が亡くなったというのに、私の心は思ったよりも揺らいでいないことに驚く。

私って・・・こんなにも薄情な人間だったのかな・・・?

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